天然水素はどう生まれる? 地球に眠る地下資源の可能性を探る

コラム

「水」の「素」と書く水素。

宇宙でもっとも多く存在する元素ですが、そのほとんどが水(H₂O)などの化合物として存在しています。

そんな水素は、燃焼しても二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギーとして、注目されています。

しかし、その実現に向けたハードルの一つとなっているのが「水素製造」です。
自然界ではH₂の状態で存在する水素はほとんどなく、水などの化合物から取り出すにはエネルギーが必要になるためです。

ところが近年、「水素は単体では存在しない」という常識を覆すように、地下に存在する「天然水素」が観測されています。
そして、日本国内でも、天然水素が存在する可能性が指摘されています。

天然水素が生成されるメカニズムとは

そもそも、水素とはどんな性質をもつ物質なのでしょうか。

元素周期表の1番最初に登場する水素は、地球上でもっとも軽い元素です。無色・無臭の気体で、常温では分子(H₂)として存在します。

また、水素は燃えやすいことでも知られています。
化学の授業で、水素に火を近づけると「ボッ」という音を立てて燃えるという実験をしたことがあるという方もいるかもしれません。

水素は、さまざまな物質と反応しやすいため、水だけでなく、石油や廃プラスチック、下水汚泥などからも製造することができます。
そして燃焼してもCO₂を排出しないことから、環境にやさしい次世代エネルギーとして、注目が集まっています。

軽くて燃えやすく、さらに他の元素と反応しやすいため、これまでは、地球上に水素単体が大量に存在するとは考えられてきませんでした。

では、自然界ではほとんど見つからないと考えられてきた水素が、なぜ地下に眠っているのでしょうか。

その鍵を握るのが、地下深くで起こる岩石と水の化学反応です。

天然水素が生成されるプロセスには、いくつかのパターンがありますが、とくに注目されているのがかんらん石と水の蛇紋岩(じゃもんがん)化反応です。
かんらん石とは、地球上のマントルに含まれている鉱物で、鉄やマグネシウムを含んでいます。

このかんらん石に水が触れると、熱の作用も受けながら化学反応が進み、かんらん石は別の鉱物へと変化していきます。
この反応は「蛇紋岩化反応」と呼ばれます。
そしてここで重要な役割を果たすのが、かんらん石に含まれる「鉄」です。

蛇紋岩化反応に伴う水素の発生
出所)JOGMEC JOURNAL「天然水素の動向」
https://journal.jogmec.go.jp/hydrogen/seminar-docs/seminar-docs_00003.html

反応の過程で、かんらん石に含まれる鉄が電子を失い、二価鉄から三価鉄へと変化する「酸化」が起こります。
一方で水は還元され、その過程でH₂、つまり水素が生まれます。

蛇紋岩化反応は、ほかのプロセスと比較して反応速度が速いことから、天然水素を生み出す反応として注目されています。

しかし、水素がどの段階でどのくらい発生するのかなど、詳細なメカニズムについてはまだ謎に包まれています。

エネルギー資源としての天然水素のポテンシャル

温泉があるところに天然水素あり?

天然水素は、マリ、トルコ、オマーン、スペインなど、世界各地で観測されています。
石油や天然ガスほど特定の地域に偏っておらず、広い地域に存在する可能性が指摘されています。

そして、なんと国内でも複数の地点で天然水素が観測されています。

天然水素が観測されたのは、長野県の白馬八方、兵庫県の有馬、北海道の登別、宮城県の鳴子、そして兵庫県の山崎断層や岐阜・長野県境の阿寺断層周辺です。

これらの観測地点の共通点として、温泉地が多いことにお気づきでしょうか。

たとえば、国内有数の強アルカリ性温泉として知られる白馬八方温泉は、蛇紋岩の地層を源流としています。
蛇紋岩は、かんらん岩と水が反応する「蛇紋岩化反応」によって生じる岩石で、この反応は、天然水素が生成される仕組みの一つでもあります。

また、「温泉」と「エネルギー資源」と聞いて、もう一つ思い浮かぶのは、地熱発電ではないでしょうか。
実は、天然水素の生成に適した環境と、地熱発電の適地となる条件は、似通っているのです。

地熱発電は、地下の熱を利用して電気を生み出す発電方法で、日本は世界で3番目に地熱資源ポテンシャルが高い国です。
つまり、火山大国である日本は、天然水素が多く埋蔵している可能性が高い国であるとも考えられます。

5兆トンの天然水素が秘める可能性

米国地質調査所(USGS)の研究では、地下から湧き出す水素の総量は、地球全体で年間約2,300万トンと推定されています。
一方で、地下に存在する地質水素の量については、約5兆トンのポテンシャルがあるという推定もあります。

もし5兆トンもの水素が地下に眠っているのだとすれば、そのたった2%を回収するだけで、約1,000億トンに相当します。
これは、2050年に想定される世界の水素需要(約4.3億トン/年)を、単純計算で200年以上まかなえる量です。

「地下に5兆トン」「埋蔵量は200年分以上」という数字だけを見ると、天然水素が夢のような資源に思えてきます。

ただし、5兆トンという数字は、そのまま採取できる量を示しているわけではありません。
実際には、大部分が深すぎたり、沖合の海底下にあったり、規模が小さいため、回収するのが難しいと考えられています。

さらに、天然水素は地下で生成されても、拡散や移動、微生物反応などによって失われる可能性があり、長期にわたって十分な量を安定的に採取できるのかどうかは、まだ分かっていません。

つまり、「水素が地下にどれだけ存在しているのか」という点だけではなく、「実際にどれだけ回収できるのか」「安定して供給できるのか」まで考慮しない限り、資源としての価値を判断するのは難しいでしょう。

天然水素VS水素製造 経済性はどちらに軍配?

水素エネルギーが注目を集めているのは、利用時に二酸化炭素を排出しないという環境面のメリットだけではありません。

日本にとって水素は、エネルギー安全保障の観点からも重要な存在です。

エネルギー資源に乏しい日本は、一次エネルギーの多くを海外から輸入する化石燃料に頼っています。
さらに、輸入先は中東などの特定の地域に偏っており、国際情勢や資源価格の変動によって、エネルギーの安定供給が揺らぐ可能性もあります。
こうした状況を変えるためにも、国内のエネルギー自給率を向上させる可能性を持つ、水素エネルギーに期待が寄せられているのです。

水素エネルギー実用化のハードルには技術的なものを含めてさまざまな課題がありますが、やはりネックとなるのはコストです。

では、天然水素はどうなのでしょうか。

これはあくまで試算にすぎませんが、天然水素のコストは1Nm³あたり7円とされており、グリーン水素の54〜202円/Nm³、ブルー水素の27〜54円/Nm³と比較しても、かなり低い水準です。
もし、天然水素の反応を人工的に増進させると仮定した場合でも、1Nm³あたり14円と試算されています。

ただし、この価格はあくまで輸送前の価格であり、天然水素の採取場所によって価格が変動することに留意しなければなりません。

天然水素は、その生成メカニズムや埋蔵量、地下での分布など、まだ解明されていないことが多い資源です。
そのため、現時点では、単純なコスト比較は難しいかもしれません。

それでも、もし国内で天然水素を石油や天然ガスのように採取できれば、日本のエネルギー安全保障に新たなインパクトをもたらす可能性を秘めています。

天然水素はエネルギーのゲームチェンジを起こすのか

水素は、原材料や製造方法によって「グレー水素」「ブルー水素」「グリーン水素」などと色で分類されていますが、天然水素は「ホワイト水素」や「ゴールド水素」と呼ばれています。

この色のチョイスからも、天然水素への特別な期待を感じ取ることができるのではないでしょうか。

水素を「つくる」から「見つける」へ。

もしもこの変化が現実となれば、日本のエネルギー事情はまた大きな転換点を迎えるでしょう。

石上 文
広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。