公開日:2025年6月18日
一気に形勢逆転のDX 化学のためにあるツール
最先端の電子材料を扱う企業にとって量子コンピューターの活用が重要度を増している。なかでも半導体の微細化プロセスを担うフォトレジスト開発には複雑な励起状態をシミュレーションするために量子コンピューターが欠かせない。高精度の量子コンピューターとマテリアルズ・インフォマティクス(MI)、それにロボット技術を組み合わせたプラットフォームが構築されれば従来とは別次元の開発手法が生まれ、革新的な部材が誕生する可能性が高まる。これからのフォトレジスト開発は新規参入のスタートアップに先を越されるかもしれない。

日本が世界で勝てる貴重な製品である半導体製造用部材の役割はますます大きくなっている。国が巨費を投じる「ラピダス」の成功のためにもシリコンウエハーやフォトマスクブランクス、スパッタリングターゲット、フッ化水素、封止材、それにフォトレジスト等々のイノベーションが必要とされる。
半導体回路を微細化するには半導体露光機の光源波長を短くし、それに対応する感光材やポリマー、光酸発生剤などから成るフォトレジストの特性を向上する必要がある。スマートフォンやAIサーバーに搭載される最先端半導体のプロセスは3~4ナノメートルであり、EUV(極端紫外線、波長13・5ナノメートル)光源とEUVレジストを使って量産されている。
EUV半導体露光機メーカーは蘭ASMLだけだが、EUVレジストは国内だけでも東京応化工業、JSR、富士フイルム、信越化学工業、住友化学が競う戦国時代の様相だ。従来の化学増幅型に加えて金属酸化物レジスト、有機分子レジストなどと新技術が続々登場している。

成長期を迎えたばかりのEUVリソグラフィ業界にとって開発の焦点になっているのは、ラピダスが試作を始めた2ナノメートルではなく、次々世代の1ナノメートル台前半の超微細プロセス。このための新たな開発ツールとされるのが量子コンピューターである。
透明性や耐熱性などといった物質の特性は電子の量子的な振る舞いで決まる。このためレジストパターンをシミュレーションするには量子コンピューターの活用が重要になる。このことを強く認識し、業界に先駆けて活動しているのがJSRと三菱ケミカルグループである。両社は「量子技術による新産業創出協議会 (Q―STAR)」の設立時(2021 年)からの会員であるほか、ほぼ同時期から慶応大学量子コンピューティングセンター(横浜市)のプロジェクトにも参画している。
JSRは海外の量子コンピューター新興企業にも出資し、エレクトロニクスとヘルスケア関連の研究開発を進めてきた。三菱ケミカルグループはEUVフォトレジストの主成分となる樹脂の生産能力増強を決めたが、一段のプロセス微細化を可能にするためMIを活用した開発を推進している。

光や磁場などによって高いエネルギーをもった励起状態になるフォトレジスト材料を高精度に観測するには、既存の量子コンピューターでは不十分で、エラー訂正機能付の量子コンピューター(FTQC)が必要になる。FTQCが開発されるのは早くても2030年前後とみられ、半導体プロセスが1ナノ時代 を迎えるのとタイミングが重なる。
こうしたなか注目されるのは米IBMやGAFAM(グーグル、アマゾン、 メタ・プラットフォームズ、アップル、マイクロソフト)の動きで、FTQCベースのプラットフォームをいち早く実用化し、その上でMIのサービスを提供する可能性がある。高成長が確実なテーマだけに、新規参入者が画期的なアイデアを見いだして事業化することも考えられる。フォトレジストの開発競争は従来とは違う次元で行われることになる。半導体産業の振興を目指す中国は、量子コンピューターや半導体材料の開発にも莫大な予算を投じている。

量子コンピューターといえば海外勢の活動が目立つが、実は20年ほど前まで日本の取組みは世界の先端を走っていた。2007年にNECと科学技術振興機構、理化学研究所は量子ビット間可変接合を世界で初めて実証し、ゲート型量子コンピューターの発展につなげた。また同年、国立情報学研究所と米スタンフォード大学、科学技術振興機構は量子多体現象をシミュレーション可能な光半導体素子を開発したと発表。このとき、「材料開発はたまたま成功する場合が多かったが、超流動シミュレーションを応用すれば機能的な開発が可能」と、今日でも通用するコメントを出している。
一方、MIの精度を左右する膨大なデータの収 集もロボットによる自動化が広まりつつある。デジタル化が遅れた化学産業に危機感を抱いていた東京大学大学院理学系研究科化学専攻の一杉太郎教授は、5年ほど前から「デジタルラボ」の本格運用を始め、半導体成膜装置そっくりの設備で新材料開発の実験データを自動収集している。
このように、日本でも次世代の開発基盤に必要なインフラが整いつつあるが、勝負所は規模とスピードである。日本勢が寡占するフォトレジストをはじめとする先端部材の開発まで海外のプラットフォーマーに先を越されることになっては、スマートフォンと同じ轍を踏むことになる。

