「不老不死」の化学史

コラム

不老不死。憧れる人はいることでしょう。アンチエイジングという言葉もあるくらいです。

古代の人々もそうでした。特に権力ある地位にいる人は自分の不老不死を願い様々なことを試みてきました。
その結果、逆に命を落としてしまった人たちもいます。

不老不死については現在も様々な研究が進められていますが、本当にそのような妙薬は存在するのでしょうか。近年の研究についてご紹介します。

水銀に魅せられて

水銀と聞けば、現代のわたしたちはあまり良いイメージを持たないでしょう。

水俣病はメチル水銀が原因でした。水銀を含んだ工場の排水が魚に蓄積され、その魚を食べた人たちの間に水銀中毒が広がったのです。
現代では国際的な枠組みである「水俣条約」によって水銀は包括的規制の対象となりました。例えば蛍光灯には微量の水銀が含まれており、日本政府は蛍光灯の製造や輸出入を2028年1月までに禁止する法改正を閣議決定しています。

しかし古代では、水銀は不老不死の薬と考えられていました。

紀元前3世紀、秦の始皇帝が水銀中毒に陥って命を落としたという話があります。
始皇帝といえば巨大な兵馬俑を築いた人としても知られていますが、幼少から病弱だったために死を恐れていたとされています。その始皇帝が妙薬と信じて飲み続けていたのが、硫化水素を主成分とした「辰妙」と呼ばれるものだと考えられています。

錬金術と不老不死

そこから長い時を経て紀元3世紀から4世紀にかけて活動した中国の道教家・医学研究者の葛洪(かつこう)が、病の治療だけでなく仙人になる方法までもを含んだ「抱朴子(ほうぼくし)」という書物を残しています。

そこには

第一に、丹砂を焼くと水銀になるが、水銀を何度も処理すると、もとの丹砂に還る。
第二に、丹には1転の丹から9転の丹があるが、9転の丹を一さじのむと、たちまち仙人になれる。
第三に、仙薬の最上のものは丹砂であって、雄黄と丹砂を一さじのむと、不老不死になる。
第四に、鉄器で鉛をとかし、散薬を入れると、たちまち銀となる 。つぎにこの銀をとかして、散薬を入れると、たちまち金となる。

という旨の記述があります。
丹砂は辰砂とも呼ばれ、硫化水銀をさします。始皇帝が不老不死を信じて飲んでいたものと同じだと考えられます。

そして興味深いのは、葛洪が記した上の文章は錬金術そのものだという点です。

エジプトでもインドでも…

同じ4世紀、エジプトでも錬金術が勃興しました。アレクサンドリアで新しい学派ができ、その代表だったゾシモスが硫化水銀の脱硫黄によって水銀をつくる過程について触れています。
その後も水銀を長生きの妙薬として信じる人たちの姿は、13世紀に残されたマルコポーロの旅行記に綴られています。インドのジャイナ教信者が硫黄と水銀をまぜた「奇妙な」薬を作って毎月2回飲んでおり、彼らはこれを飲むと長生きすると言って子供の時から飲んでいる、というのです。
また13世紀にペルシアを支配していたモンゴール朝のアルゴン王はインドの苦行僧から不老不死の秘術として硫黄と水銀の服用を勧められたものの、8か月飲み続けたところで王は水銀中毒で亡くなったという話もあります。

研究ターゲットは遺伝子に移行

なぜ水銀がこんなにも不老不死の薬として信頼されていたかはわかりません。ただ錬金術の経過を見ると、金という物質に対する憧憬が思想的に永遠を連想させたのかもしれません。
水銀はその過程において金の純度を高めるために欠かせない物質です。何か、永遠というものに繋がる道として考えられていた可能性もあるでしょう。

ただ、金と水銀が全く違う元素であることを現代のわたしたちは知っています。今年7月にアメリカのスタートアップが水銀から金を生み出す方法についての論文を公表しましたが、それは核融合のエネルギーを利用したものです。まさに現代のエネルギーです。
さらにこれはまだ査読を受けていない論文であり、関係者の間には疑念も残っています。

そしていま、不老不死の研究は遺伝子に舞台を移しています。

寿命をつかさどる遺伝子

科学者たちによってヒトゲノムの解読が完了する少し前の2009年、ノーベル医学賞を受賞した3人の研究者のテーマは「寿命のカギを握るテロメアとテロメラーゼ酵素の仕組みの発見」でした。

「テロメア」「テロメラーゼ」がそれぞれどのようなものか簡単に説明していきましょう。

テロメアはDNAの末端に見られる特殊な塩基配列で、「TTAGGG」の繰り返しで構成されています。

(出所:宮崎大学医学部「化学の目で、テロメアの謎を解く」)
http://www.med.miyazaki-u.ac.jp/MMCCHEM/theme/t.html

このテロメアは、細胞分裂のたびに短くなっていきます。というのは、細胞分裂のたびにDNAは複製されますが、テロメア部分は全てはコピーされないからです。そしてテロメアが一定の限界(ヘイフリック限界)を超えて短くなると、細胞は死んでしまいます。

テロメアは靴紐の端のようなものです。靴紐の端はほつれを防ぐようにカバーされていますが、この部分がなくなってしまうと靴紐がほつれてしまうように、テロメアがなくなってしまうとDNAの必要な遺伝情報の部分が剥き出しになってしまい、タンパク質の合成に支障をきたす可能性が高くなるのです。

無限増殖する細胞の脅威

そしてテロメラーゼは、テロメアを再建する働きを持つ酵素です。テロメラーゼの発見当初は、テロメラーゼを体内に多く取り入れれば寿命を延ばせるという憶測がありました。細胞を不死化できるのでは、という期待です。

しかし無限に増殖する細胞といえば、むしろ私たちの命を脅かすものがあります。

がん細胞です。

実際、テロメラーゼの濃度が高すぎるとかえって体に害を及ぼすことも分かり、現在テロメアとテロメアーゼはがん治療薬開発のための研究対象になっています。

江戸時代の日本人が万能薬としていた「あるもの」

最後に、江戸時代の日本人が万能薬として「あるもの」を食べていたという話題をご紹介します。
「あるもの」とは、エジプトから輸入したミイラです。

確かにミイラは死後の世界でも豊かに暮らせるよう、いわば不死に向けて体を保存するために作られたと一般的には考えられているでしょう。それにあやかろうとした思想なのか?と勘繰ってしまいますが、きちんと薬として服用されていたようです。

永保六年(1709年)にまとめられた貝原益軒の「大和本草」には国内外の1362種類の動物や鉱物などの薬効がまとめられていますが、その中ではミイラ(木乃伊)が打撲や骨折、貧血、産後の出血から虫歯、頭痛などに効果があるまさに万能薬として紹介されています。

「大和本草」巻之十六
(出所:中村学園大学グループ「貝原益軒アーカイブ」)
https://www.nakamura-u.ac.jp/institute/media/library/kaibara/pdf/b16.pdf

ただミイラを薬にすることは、迷信とは言えなさそうです。

ミイラを作る過程ではハチミツやプロポリスが使われています。これらの防腐効果や抗菌性物質が、様々な病気に有効だった可能性は大いにあります。

不老不死は可能か?

古代から追い求められてきた不老不死の研究ですが、もしそれが可能だとすれば、絶対にDNAのミスコピーが起きないような体を作るか、あるいはミスコピーが起きたとしても即修正できるような機構の発見が必要ということになります。

それが可能になるのは一体どれだけ先のことなのか…
気の遠くなりそうな話です。

清水 沙矢香(しみず さやか)
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。取材経験や各種統計の分析を元にWebメディアや経済誌などに寄稿中。