内部統制報告制度はどう変わったのか?
皆さんは化学会社における内部統制報告書をご覧になったことはありますか。
内部統制報告書は、2008年4月に導入された内部統制報告制度(通称J-SOX制度)に基づき、上場企業を対象に提出が義務付けられています。内部統制報告書の目的は、財務報告に係る内部統制の有効性を経営者自ら評価し、その結果を外部に向けて報告することにあります。
この内部統制報告制度が制度導入以来、約15年ぶりに大幅な改訂が行われ、2024年4月1日以降に開始する事業年度から適用されていますので、本コラムでは化学会社の内部統制報告書の変更箇所と特徴を解説します。
今回の内部統制報告制度改訂の背景の一つは、経営者が評価した範囲外で外部に知らせる必要がある重大な問題(開示すべき重要な不備)が明らかになる事例が一定程度見られ、内部統制報告制度の実効性に懸念が指摘されていたことが挙げられます。
内部統制報告制度では、経営者が評価対象とする重要な事業拠点や業務プロセスを選定する際の指標として、「売上高等の概ね3分の2」や「売上、売掛金及び棚卸資産の3勘定」が例示されていました。
経営者が評価範囲を選定する際、自社の特性を考慮せず例示されている指標を機械的に適用してしまうケースが散見されたことが改訂の背景にある指摘につながったと考えられます。
そのため、今回の改訂によりこれらの例示を機械的に適用すべきではないことが留意点として明記されました。
また、財務報告に係る内部統制の評価範囲について、特に以下の事項について、決定の判断事由を含めて記載することが適切である旨も明記されました。
- 重要な事業拠点の選定において利用した指標とその一定割合
- 評価対象とする販売や購買などの業務プロセスの識別において企業の事業目的に大きく関わるものとして選定した勘定科目
- 個別に評価対象に追加した事業拠点及び業務プロセス
2025年3月期の化学会社の内部統制報告書分析
EY Japanの化学セクターでは化学業界の連結売上高上位20社を対象に、内部統制報告書における「財務報告に係る内部統制の評価範囲」がどのように変化したかを分析しました。
結果は以下の通りとなっています。
⑴ 重要な事業拠点の選定指標
制度改訂前は、19社が「売上高(予算や複数期間の平均を含む)」を選定指標としていました。制度改訂後は、この19社のうち5社が、売上高に加えて利益や総資産を指標に含める変更を行っています。売上高を指標としない1社では、化学業界の事業特性(事業資産の約30%を有形固定資産が占める装置産業である点)を踏まえ、総資産を選定指標として採用するケースも見られました。
また、改訂前後で選定指標に変化がない会社も含め、多くの会社で選定指標の決定の判断事由について記載が追加されていました。
選定指標の決定の判断事由からいずれの会社においても化学会社の特徴である国内外にグループ会社が多く存在することや事業が多岐に渡ることなど業界の特性を踏まえ、評価範囲の選定を慎重に行っていることが分かります。
⑵ 重要な事業拠点の割合
制度改訂前は、20社すべてが制度で例示されていた「概ね3分の2」を基準としていました。制度改訂後は、20社のうち2社が「概ね3分の2」をそのまま用いるのではなく、まずは「指標金額の一定割合を超えた拠点」を重要な事業拠点とし、これらの拠点の合計金額がグループ全体の「概ね3分の2」に達しているかを補完的に確認する方針に変更がなされていました。この2社のように業界の特性や自社の事業を踏まえ、重要な事業拠点の割合を決定した会社もありましたが、依然として制度改訂後も「概ね3分の2」という割合は、重要な事業拠点を選定する際の判断基準として実務に深く根付いていることが分かります。
⑶ 企業の事業目的に大きく関わるものとして選定した勘定科目
制度改訂前は、20社すべてが制度で例示されていた「売上、売掛金及び棚卸資産の3勘定」を企業の事業目的に大きく関わるものとして選定していました。
制度改訂後は、固定資産を追加する会社や「売上、売掛金及び棚卸資産の3勘定」に関連する具体的な業務プロセス(販売、購買、原価計算、棚卸資産管理など)を報告書に記載した会社も見られました。
⑷ 個別に評価対象に追加した業務プロセス
個別に評価対象に追加した業務プロセスは今回の制度改訂により記載することが適切な項目として追加されました。
調査対象の内部統制報告書において、個別に評価対象に追加された業務プロセスの上位3項目は以下の通りです。
- 固定資産減損(のれん含む)プロセス 17社/20社
- 税金・税効果プロセス 11社/20社
- 各種引当金プロセス 9社/20社
この結果から、見積りや予測を伴う重要な勘定科目に関連するプロセスが多く評価対象に追加されていることが分かります。その他取引のリスクの大きさに着目してデリバティブ取引を追加している会社も数社ありました。
特に化学業界は典型的な装置産業であり、多額の固定資産を保有しているため、業績の悪化が継続している事業がある場合、固定資産の減損が会計上重要論点となることが多くあります。
また、化学業界では企業の買収も頻繁に行われており、買収に伴って発生するのれんについても、買収後の業績が会社の想定を下回る場合には、のれんの減損の検討が求められ、これは固定資産の減損と同様に会計上の重要論点となります。
こうした化学業界の特性を踏まえ、分析対象となった会社のうち17社が固定資産減損(のれん含む)プロセスを個別に評価対象プロセスとして追加していました。
内部統制報告書の今後の動向
上記の分析結果を踏まえると、制度改訂の趣旨に沿って、分析対象となったすべての会社において、財務報告に係る内部統制の評価範囲に関する説明が、より詳細に記載されるようになりました。
財務報告に係る内部統制は、会社が財務諸表を正確に作成するための基盤であり、その基盤を経営者がどのように評価しているかについて、詳細に開示することの重要性は今後さらに高まると考えられます。
特に、内部統制の評価範囲の決定方法については、制度改訂初年度において各社記載の粒度にばらつきが見られました。今後は業界の特性や自社の事業内容を踏まえた、より実効性の高い内部統制評価が各社に求められると予想されます。
本コラムが、各社における内部統制評価範囲の見直しの契機となり、内部統制の実効性の向上および内部統制報告書の記載内容の充実の一助となれば幸いです。


