化学業界におけるサステナビリティ経営の未来 ―サステナビリティ関連情報から紐解く経営課題―

コラム

サステナビリティが経営のキーワードの一つとされて久しい。
国内外に製造拠点を有する化学業界は、ともすれば、環境負荷の高いビジネスであると捉えられることもあるかもしれない。しかしながら、化学技術を駆使してサステナビリティを推進するスキルやナレッジ、設備や装置などの基盤を有するのもまた化学業界である。そして、日本の化学業界の技術力は、いまなお世界屈指の水準にある。
本稿では、サステナビリティ関連情報の開示制度動向を概観しながら、化学業界におけるサステナビリティ経営の未来について考察する。

①サステナビリティ経営とサステナビリティ関連情報開示制度の動向

世界中で脱炭素に向けた動きが加速する中で、日本においても2023年3月期から有価証券報告書におけるサステナビリティ関連情報の開示が義務化された。また、2027年3月期以降、時価総額が一定額以上の東証プライム市場の上場企業については、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)による開示基準に基づく情報開示の拡大が予定されている。欧州に拠点を有する企業においては、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)への対応についても、目が離せない状況にある。
このような状況下において、化学業界各社は、GHG(温室効果ガス)排出量削減、水使用や廃棄物による環境負荷軽減、原料や製品のグリーン化など、様々なトピックに指標や目標を設定して、サステナビリティの推進を図っている。
一方で、サステナビリティ施策の推進には、先進的な技術が必要とされることや、製造プラントの大幅な仕様変更や他社との連携が必要となる場合もあり、コスト先行になることが一般的である。このため、企業経営におけるサステナビリティと利益追求の両立について、課題を感じている企業は少なくない。
このような課題を解決し、サステナビリティ経営を事業活動に浸透させるためには、会社一丸となってサステナビリティの価値認識を共有し、利益追求と同じベクトルで経営の在り方を議論できるかどうかが一つのポイントとなる。

②サステナビリティ関連情報開示から見る現在地

上記で述べた議論の材料として活用できるのが、各社が公表する有価証券報告書、サステナビリティレポート及びホームページにおけるサステナビリティ関連情報である。EY化学セクターチームによる、化学業界大手20社の開示情報の比較分析からは、以下の傾向が見て取れる。

  • サステナビリティ関連情報開示のフレームワークは、①ガバナンス、②戦略、③リスク管理、➃指標と目標の4つである。この点、有価証券報告書において開示が義務化されているのは①と③であるが、業界大手すべての会社が②と➃についても開示している。
  • 有価証券報告書におけるサステナビリティ開示の重要課題(マテリアリティ)は、傾向として、気候変動と人的資本とされるケースが多いが、業界大手の多くの会社は、サーキュラーエコノミーや製造現場の安全操業など、気候変動と人的資本以外の様々な重要課題を選定して、上記②と➃の開示を行っている。
  • 気候変動に関する開示について、GHG排出量の開示範囲を、スコープ1(自らの活動による直接的な排出)及びスコープ2(間接的な排出である、電気・熱・蒸気などのエネルギー利用に起因する排出)に加えて、スコープ3(サプライチェーンも含めた事業活動全体を通して関係する企業の排出)を開示している会社は少ない。
  • サステナビリティレポートについて、業界大手ほぼすべての会社が、第三者保証レポートを取得している。現状のサステナビリティ関連情報の開示制度上は、第三者保証レポートの取得は義務化されていないものの、サステナビリティ関連情報の重要性が高まる中、開示情報の確からしさを担保する第三者保証レポートに対するニーズも高まっていることがうかがえる。
  • 第三者による保証項目は各社各様であるが、GHG排出量については、レポートを取得しているすべての会社が保証対象としている。その他の保証項目は、大気・水質汚染物質、取水・排水・エネルギー消費量・廃棄物などの環境性データ、従業員のダイバーシティや労働安全などの社会性データである。

業界大手各社の開示に見える、サステナビリティの事業活動への浸透度や、サステナビリティ関連情報の収集・開示体制の構築状況を把握することは、同業他社と比較した自社の現在地を見定めるために有用である。また、他業種を含む取引先が開示するサステナビリティ関連情報を分析することは、ビジネス機会の創出につながる可能性もあろう。

③化学業界がリードするサステナビリティ

このようなサステナビリティ関連情報を活用した事業活動を定着させるにあたっては、当該情報を正確かつ網羅的に収集するインフラ整備も欠かせない。適時に効果的なサステナビリティ関連情報の収集体制を構築するためには、サステナビリティ推進部門やシステム部門のみならず、事業部門や財務数値を管理する経理部門との連携が不可欠であり、全社的なタスクとして、役割分担と責任所在の明確化を図って進めていく必要があることから、情報収集の体制整備には十分なリードタイムを確保する必要がある。
冒頭に述べたように、日本の化学業界の技術と経験に裏打ちされたモノづくりの力は世界有数である。化学業界が、革新的な技術や製品開発を進め、日本や世界の全産業が直面するサステナビリティ課題の解決をリードする存在となり、ビジネスをつなぎ、ビジネスと社会をつなぎ、現代と未来をつなぐ架け橋になっていくことを願ってやまない。

田村 智裕
EY新日本有限責任監査法人
化学セクターナレッジサブリーダー
パートナー 公認会計士
化学業界の多数の監査業務に従事。EYの化学セクターナレッジグループをリードし、化学業界に関係する会計をはじめとした幅広い領域に関する知見を発信し、クライアントの課題解決のために尽力。