人は、データだけでは動かない。
これは私が、発信者として、また研究者として、常に心に刻んでいる戒めです。
はじめまして、ごりおと申します。
私は化学メーカーで研究業務に携わる一方、YouTubeで化学業界に関する情報発信も行っています。
日中は製品の安定性に頭を抱え、夜には動画の構成に頭を悩ませる、そんな“二足のわらじ生活”を続けています。
化学業界広しといえど、このようなスタイルで活動している人間はあまり多くないかもしれません。
このコラムでは、そんな特殊な人間が、何を考えて発信して、何を感じながら働いているのか、綴っていきます。
今回は「発信の肝」について、私なりの視点で共有させていただきます。
「発信」なんて縁が無い、という方は、会議やプレゼンなど、自らの意見を伝える場面と重ねながらお読みいただければと思います。
研究者とYouTuber、2つの立場から見えること
まずは今回のテーマの背景となる、私の活動についてかいつまんでご説明します。
先ほども述べたように、私は「化学メーカーの研究職」と「YouTubeでの発信者」の2つの立場を持ちます
一見、相乗効果がありそうな二つの役割ですが、実際は求められるスキルがまったく異なります。
研究者として重要なのは、ニッチなテーマを深掘りし、仮説検証を繰り返す根気と専門性。
一方、発信者に求められるのは、業界全体を俯瞰する広い視野や、見せ方のセンスです。
ですので、研究職の視点のまま発信すると、専門的すぎて多くの人には届きません。
逆に、YouTuber的な視点で研究の現場に立つと、中身が追いつかないおそれがあります。
(イントロが長くて、内容の少ない研究報告のように。)
そのため、わたしは両者の視点を行き来しながら、一人二役で、実は非効率な活動を行っているわけです。
二つの立場に通じる、ひとつの軸
そのような中でも、私の中でひとつ、パイプのようにつながっている概念があります。
それが冒頭の言葉、「人は、データだけでは動かない」ということです。
仕事でも、社内会議やクライアント面談など、意見を“伝える”場面は多々あります。そこでは、ラボで得た実験データや製品スペック、技術資料など、多様な情報が活用されます。
もちろんそれらは欠かせません。良し悪しの判断材料として不可欠です。
でも、それだけでは人を動かすのは難しいものです。
上層部への企画の提案。部下に研究方針を変えてほしい。顧客に自社製品を検討してほしい。などなど。
私たちがこういった場で意見を伝えるとき、多くの場合は「聞き手に何かしらの行動を期待している」のではないでしょうか。
ただ、人の行動を変えることは、実はとても難しい。
データを用いて、理路整然と説明しても、たいていこう返ってきます。
「なるほど、勉強になりました」「前向きに検討させていただきます」
伝わったように見えても、動かなければ意味がない。
なので、発信やプレゼンのゴールは、あくまで”行動の変化”だと私は考えています。
ではいったい、何が人を動かすのか?
行動を生むのはデータではなく“にじみ”
ここで少し、YouTubeでの経験についてお話させてください。
多くのYouTuberにとって、視聴者に最も期待するアクションの一つが「チャンネル登録」です。
YouTubeというプラットフォームは、見てくれる方がいてこそ成り立つもの。
その意味で、登録者数はチャンネルの“生命線”。
営業にたとえるなら「名刺交換」、研究に置き換えるなら「再現性の確認」くらい大事な指標です。
では、どれくらいの人が動画を見て登録してくれるのか。
ジャンルや動画の構成にもよりますが、再生回数あたりの登録者数は、だいたい0.1〜1%と言われています。
つまり、1万回再生されても登録してくれるのは10人から100人程度。
チャンネル登録者100万人(いわゆる“金の盾”)に到達するには、単純計算で1億回以上の再生が必要になります。
(ちなみに私のチャンネルは、3年間で累計約500万回ほどです)
ところが、時々、例外的な現象が起きます。
「再生数の割に、登録者が増えている」というケースです。
動画の構成や情報の質は変えていない。にもかかわらず、明らかに登録者が伸びる。
最近で言えば、関税問題をテーマにした動画がそれでした。
こういった動画には、ある共通点があります。
それは、抽象的で恐縮ですが、「見てくださる方の琴線に触れた」という感触です。
単に「分かった」で終わることなく、「他の動画も見てみたい」「応援したい」と思っていただけた。
それは、情報の質だけでは説明できない、感情の動きがあったからだと感じています。
では、何が感情を動かしたのか。
私は、データの外にある“にじみ”だと考えています。
発信者がどんな価値観を持ち、どの視点から世界を見ているのか。
それは、言葉の選び方や取り上げるテーマ、語り口の奥に必ずにじみ出てしまうものです。
そして、人はその“にじみ”に反応するのだと思います。
どれだけ正確な情報を揃えても、そこに思想や温度がなければ、心までは届きません。
逆に、多少言葉が拙くても、思想や感情が込められていれば、それは人の行動を動かす力になり得ます。
つまり発信の胆は、データを整えることではなく、発信者の熱量や人間性を、にじませ、あふれさせること。
その“にじみ”が、誰かの心に届いたとき、ようやく人は動きはじめるのだと、私は考えています。
AI時代に求められる人間の役割
この“にじみ”は、仕事の現場でも同じように重要だと考えています。
そして、AIが当たり前に使われるようになった今、その価値はむしろ増しているとも感じます。
AIは、データを的確に要約し、論理的な資料を一瞬でつくりあげてしまいます。
正直なところ、プレゼン資料の「骨組み」だけであれば、もはや人間が関わる必要はほとんどないのかもしれません。
だからこそ、これからの時代の人間に求められるのは、「データの外側」にある視点や価値観、つまり、“にじみ”をもった発信ではないでしょうか。
自分は何を感じ、何を信じ、そして何を伝えたいのか。
そうした「軸」を持って向き合う姿勢が、ますます大切になっていくのだと思います。
AIが大量の情報を瞬時に整理し、誰もが“それらしい答え”に簡単にアクセスできるようになった今、私たちがやるべきことは、その完璧なフォーマットに“思想”を宿らせること。
数字やデータの裏にある意味を汲み取り、一つひとつの言葉に、発信者としての視点、哲学、そして誠意を込める。
それが、これからの時代に“届く”発信であり、同時に“信頼される人”として生き残るための鍵になると、私は信じています。
終わりに、なぜ化学を発信し続けるのか
化学業界は裾野が広く、関わるメーカーの数も非常に多いため、構造としてはとても複雑です。
一方で、日本には“グローバルニッチトップ”と呼ばれる優良企業が数多く存在しており、私はとても面白い分野だと感じています。
加えて、化学ほど日常に密接した学問は他にないのではないでしょうか。
その原理と、私たちの身の回りにある製品との関係性を知れば知るほど、世界の見え方が変わっていきます。
そして何よりも重要なのが、時代が変われば、化学のあり方も、また変わるということ。
だからこそ、過去と現在の動きを正しく捉え、その延長線上に未来を読み解く視点を持つことが求められます。
それが、化学という分野をより深く、よりおもしろく理解するための鍵になる。そう考えて、私は発信活動を続けています。


