PwCの視点:石油化学再編時代に求められるサステナビリティ経営

コラム

進展する石油化学業界の再編

 日本の石油化学業界の再編(以後、石化再編と略す)が急ピッチで進展している。国内需要縮小への対応や国際競争力の強化のみならず、経済安全保障の観点からの国内供給力確保、環境規制対応や脱炭素の推進など、多様で複雑な背景が横たわり、石化再編は日本にとって避けて通れない道だろう。しかしこれは縮小均衡の再編ではなく、高付加価値品事業への転換を通じた、持続的成長を可能とする事業構造を実現する絶好の機会でもある。そのために、日本の化学企業が取り組むべき経営について、サステナビリティトランスフォーメーション(SX)の観点を交えて論じたい。

今、SXに取り組む意義

 SXとは、企業が環境・社会の持続性を維持する役割と自社の持続的な成長を両立するために、経営や事業構造を抜本的に変革することである。企業の財務的成長の持続性にも焦点を当てている点で、従来の企業の社会的責任(CSR)の取り組みと異なる。前述の背景の通り、石化再編が日本の化学産業/企業の持続性と環境影響の低減に焦点を当てていることから、石化再編はSXの目的と完全に整合しており、日本の化学企業においても本質的なSXが求められる。
 では、石化再編に伴い日本企業の事業構造はどのように変わるのか。汎用化学品の生産拠点を集約して国内の需給バランスを最適化する一方、汎用化学品から機能化学品への事業ポートフォリオの転換を通じて収益構造を大きく変えることが基軸となろう。また、世界的な脱炭素化と資源循環の潮流が強まる中で国際競争力ある化学原料供給を実現するためには、低炭素化や炭素循環に係る投資を集中させることによるグリーンケミカル化、資源利用効率を高めるためのサーキュラーエコノミー化などにも積極的に取り組む必要がある。一方、その実行を担う企業においては「多額の投資が必要となり」「製品への価格転嫁が難しいため簡単には投資回収を見通せず」「先行き不透明な中で、組織間で連携し、社員を鼓舞し、改革をいかに前進させるか」に腐心する経営者は多い。SXはまさに、こういった問いに答える経営だと言える。

SXの成功事例

 SXを通じて難局を乗り切り、企業価値向上につなげた事例を紹介しよう。消費財メーカーA社はSXを経営戦略の中核に組み込むことで、10年間で企業価値を大幅に高めることに成功した。取り組み当初、A社は競合に対して収益性で劣後していたため、財務的改革が課題だった。一方、リストラクチャーだけでは長期的な成長につながらないと見た経営者は、長期経営戦略の中で健康や環境負荷低減に貢献する企業であるパーパスを打ち立て、社内外に経営の意思をもって発信。その後、短期的にはコスト削減に取り組み工数と資金の余力を生む一方、四半期決算の廃止や人事刷新などを通じて長期経営を可能とする経営基盤を整え、パーパス実現に向けた商品開発や人材開発に優先投資し、サプライヤーや同業他社との連携を通じてさらなるインパクト創出を図った 。その結果、同社はパーパスを体現する商品・サービスの供給を通じて消費者からサステナビリティリーダーとしての認知を獲得し、収益性と企業価値を大幅に改善するに至った。特筆すべきは、環境社会投資の商品への価格転嫁といった単純な投資回収モデルではなく、資本への投資を通じて時間をかけて「未来の稼ぐ力」を培い、結果として収益性と企業価値が向上した点である。パーパスは従業員を鼓舞し人的資本投資は労働生産性の向上に寄与し、商品開発やデザインは商品力向上のみならず消費者需要の喚起にも寄与し(知的資本)、パートナーシップを通じた非競争領域における業界規模の効率化や共同市場形成(社会関係資本)などがコスト削減にも寄与した。このようなA社の取り組みは、SXの礎となる「統合思考経営」の成功事例と言える。

日本の化学企業に求められるSX

 石化再編は日本の化学産業の財務的な持続性と環境社会の持続性を両立する重要な取り組みである。それが目前に迫った今は、業界全体として、企業として、本質的なSXに取り組み持続的な成長基盤を構築する好機と言えよう。一方、短期視点に基づくSXでは、環境対応のための原資の確保に課題を抱え、効率化やコスト削減に注力し、売上面ではプレミアム価値などに期待した回収を目指すケースが多いが、これらだけでは継続的な成果創出に至りにくい。SXを成功させるためにはこのような短期視点経営から脱し、長期的な視点を持ち、未来の潜在的な大きな社会環境リスクに的を当てたマネジメントと、資本への投資を通じた未来の稼ぐ力の強化、さらにはサステナビリティに関わる儲かるビジネスの開発まで、腰を据えて取り組む必要がある。

 特に、環境社会課題解決につながる「儲かるビジネスづくり」は、日本企業が期待する取り組みである一方、容易ではないのが実態だ。日本の消費者は世界と比べて環境社会価値に対する購買行動が弱い傾向にあるとされ、個社によるモノづくり/販売/価格転嫁という従来のビジネスモデルが成立しにくい。そのため、環境社会課題解決の必要性に関する消費者(特に若者)への啓蒙や需要形成、国内外の法制度整備と連携した投資とスケール化など、日本の化学産業の再成長を狙う上で望ましい業界構造を作り込む必要がある。石化再編のさなかにある今だからこそ、日本の化学業界をあげて、同業他社との競争前の共創(プレコンペティティブコラボレーション)を通じて取り組まれたい。
社会課題解決に取り組んだ事例を紹介しよう。化学メーカーB社らは、消費者の石油化学由来製品に対する健康懸念に応えるべく、バイオテクノロジースタートアップと共同して安全性と供給安定性が高いバイオ由来製品を実用化、その後グローバル大手の消費財メーカーと共同で消費者啓蒙や需要形成を進め、関連法制度にも働きかけ、バイオ由来品へのシフトを促進した。その結果、石油化学由来に代わりバイオテクノロジー由来製品の市場を新たに形成することに成功し、新興国の廉価品との差別化を図り事業収益性を高めることにつなげた。消費者の健康保持という社会課題解決の大儀の下、バリューチェーンをまたぐ企業間連携を通じて、企業起点で望ましい業界構造を作り込んだ。
 このように、今後は企業間連携によるビジネスモデル/エコシステムの開発がますます重要になる。そのための新しい方法論を「サステナビリティ新時代 成果を生み出すホリスティック×システミックアプローチ」(PwC Japan グループ著/ダイヤモンド社)で論じているので、興味ある読者はぜひ参照されたい。

おわりに

 2027年3月以降、日本の大企業はSSBJ(Sustainability Standards Board of Japan:サステナビリティ基準委員会)のガイドラインに沿った法定開示への対応が求められる。国際潮流に合わせて日本企業のESG情報(特に気候変動への取り組みが重視される)を適切に、かつ、透明性高くステークホルダーに開示することが目的である。しかし、これを開示のための開示ではなく、石化再編のさなかにある今、化学企業の持続的な成長と環境社会の持続性を両立する長期的なSXを組み込んだ経営戦略をつくる好機と捉え、取り組まれたい。

中島 崇文
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
日系および外資系総合コンサルティングファームにて20年以上在籍し、経営改革、ビジネスモデル革新、DXなどのコンサルティング業務に携わる。素材・エネルギーの専門性を活かし、気候変動、サーキュラーを中心に、企業と産業のトランスフォーメーションを推進するコンサルテーションに従事。