その素敵な口紅の色はどこから? 不思議な「色の化学」の世界

チルタイムズコラム コラム

口紅やチーク、アイシャドウなどの化粧品の魅力の一つは、身につけるだけで気分を明るくしてくれる「きれいな色」にあります。
化粧品に限らず、洋服や日用品、お菓子、街にあふれる建物や看板にいたるまで、私たちは色とりどりの世界の中で暮らしています。
では、こうした色は一体どのようにして生み出されているのでしょうか。

私たちの身の回りの多くの色は、顔料や染料といったさまざまな素材から作られています。そしてそこには、物質の分子構造や化学反応といった「化学」の力が深く関わっています。
色は単なる見た目の違いではなく、物質がどのように光を吸収し、反射するかという、物質そのものの性質を反映したものなのです。

では、私たちの生活を鮮やかに彩っている「色の化学」の世界を、少しだけ覗いてみましょう。

「色」は意外なものでつくられている

筆者はある時から、アイシャドウを塗ると、なぜかまぶたが炎症してしまうようになりました。
こんな時、皮膚科を受診するのが最善だと分かりつつも、まずは気軽にインターネットで調べてみることにしました。
「アイシャドウ 炎症 原因」
「アイシャドウ 目が腫れる 成分」
「アイシャドウ 赤系 かゆみ」
思いつくままにキーワードを入力し、検索を進めていくうちに、思いもよらない事実に行き着いたのです。

これまで好んでつけていた赤系・ピンク系のアイシャドウには、「コチニール色素(カルミン)」と呼ばれる天然色素が使用されていました。
「コチニール色素」は、天然由来である一方で、人によってはかゆみやじんましんなどのアレルギー症状を引き起こすことが報告されています。

そして驚いたのは、その色素の原料です。
コチニール色素は、南米の乾燥地帯でサボテンなどに生息するカイガラムシ科の「エンジムシ」を乾燥させたもので、小さな昆虫が体内でつくり出す成分から、美しい赤やピンクの色が生み出されているのです。
この色素は天然素材の中でも珍しい動物由来の色素で、化粧品だけでなく、飲料やお菓子、かまぼこ、ハム、ソーセージ、さらには衣服の染料や医薬品など、私たちの身近な製品に幅広く使用されています。

改めて手元にあった複数のアイシャドウの成分表示を確認してみると、そのほとんどにコチニール色素が含まれていました。
普段、何気なく使っていたきれいな色の化粧品や口にしていた食品が、まさか昆虫から作られていたなんて、色の正体について認識が大きく変わった出来事でした。

色について衝撃を受けたことといえばもう一つ、かつて学生時代に物理の授業で習った「物体そのものに色はない」という事実です。

色は物質自体が発しているものではなく、光によって生じるものです。
反射した光の情報が私たちの目に入り、脳で処理されることではじめて「どんな色か」を認識しています。
つまり、物質そのものに色がついているわけではありません。私たちがみているのは、「物質に当たって反射した光」なのです。

例えばりんごの場合、光の三原色の赤・緑・青のなかから、赤い光だけを反射することから、私たちは「りんごは赤」であると認識しています。

光の反射によって物体のの色が見える仕組み
出所)京都市青少年科学センター「光の3原色と色の3原色」
https://www.edu.city.kyoto.jp/science/online/story/19/index.html

「レモンは黄色」「葉っぱは緑」「カラスは黒」などのように、私たちが認識している色の違いは、物体が光をどのように吸収し、反射するかによって生まれています。
ではなぜ、物体ごとに反射する光の波長が異なり、この世の中にはこれほどまでに多様な色が存在しているのでしょうか。

色の正体は「分子構造」にあった

光の吸収・反射によって色を発現させる物質のことを「色素」といいます。
化粧品や食品、衣類など、私たちの身の回りにあふれるたくさんの色は、こうした色素によって生み出されています。

果物や花などの鮮やかな色は、もともと自然界に存在していますが、その正体のほとんどが「有機化合物」です。
有機化合物とは、炭素を主な構成元素とする化合物の総称で、現在では1,600万種類以上が確認されています。

これらの有機化合物には、色を示すものと無色のものがあります。
たとえば、人参やカボチャに含まれている天然色素のβカロチンは、鮮やかな赤橙色を示す代表的な有機化合物です。
また、条件によって色が現れたり、消えたりする有機化合物も存在します。
理科の水溶液の授業で指示薬として登場するフェノールフタレインはその典型例で、分子構造の変化によって、無色から紅色に変わります。

色を示す有機化合物の例
出所)化学と教育 65 巻 5 号「有機化合物の構造と色」p.264
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/65/5/65_246/_pdf

一方で、エタノールやジエチルエーテル、酢酸などの有機化合物は、光をほとんど吸収しないため、私たちの目には無色透明に見えます。

有機化合物が色をもつかどうか、またどのような色を示すかは、私たちの目が捉えることができる可視光をどのように吸収、あるいは放出しているのかによって決まります。

そして、その性質を左右しているのが分子の構造です。
先ほど例に挙げたβカロチンやフェノールフタレインのように、色を示す有機化合物の多くは、炭素原子を中心とした二重結合と単結合が交互に連なった構造となっており、可視光をよく吸収します。
分子構造のわずかな違いによって吸収される光の波長が変化し、その結果として赤、青、黄色などのさまざまな色が生まれます。

この分子構造に注目することで、人類はさまざまな色を人工的に作り出せるようになりました。
その結果、私たちの日常はさまざまな色で彩られるようになったのです。

化学が「色」を手に入れた!人類初の合成染料は紫色

現在、私たちの身の回りには、化学合成によって人工的に生み出された「合成染料」由来の色が多くあります。

こうした合成染料が登場する以前は、草木を煮出して染めたり、貝殻を砕いたりするなど、色は自然界の素材から得るしかありませんでした。
鮮やかな色ほど貴重とされ、特に原材料が希少で製造が困難だった青色や紫色は、手に入れることすら難しい「高貴」な色として認識されていました。
中世ヨーロッパでは、一つの貝からわずかにしか得られない紫色が、王族や貴族にのみ許された権威の象徴とされ、金よりも高価な色だったとまで言われています。

不思議なことに、ヨーロッパから遠く離れた日本でも、古くから紫は高貴な色として扱われてきました。
聖徳太子が制定した「冠位十二階」の最高位には紫が用いられ、「源氏物語」や「枕草子」などでも、紫は気品や身分の高さを象徴する色としてたびたび登場します。
なお、日本の伝統的な紫色は、紫草という植物の根を染料として染色したもので、現在では大変希少な色となっています。

このような色に関する価値観を覆したのが、色を人工的に作り出すことができる合成染料です。
そして19世紀、世界で初めて誕生した合成染料は、偶然にもこの「紫色」でした。

世界初の合成染料であるモーブ染料は、1856年、当時わずか18歳だった化学者ウィリアム・パーキン(William Perkin)によって、ロンドンで偶然発見されました。
ロンドン王立化学大学の助手であったパーキンは、石炭由来のタールからマラリアの特効薬「キニーネ」を生成する研究を進める中で、その副産物として紫の染料を発見しました。

その後、この紫色の染料はPerkin’s Mauve(パーキンズ・モーブ)と名付けられ、パーキンは大学を中退して資金を集め、世界初の合成染料工場を建設しました。
これまで高価で限られた人しか身につけることができなかった紫色が、安価に、しかも大量に生産できるようになったのです。

当時、学術的な分野とされていた化学は、その研究成果が産業と直接結びつくことは、決して多くありませんでした。
このパーキンの発見と挑戦は、化学が人々の暮らしや社会を大きく動かす力を持つことを示し、その後の化学工業発展の幕開けとなった出来事とも言えるでしょう。

「色」を知ることで世界の見え方が変わるかも

毎日何気なく目にしているさまざまな色は、分子構造という目に見えない世界の動きによって生み出されています。
かつては自然の素材からしか作ることができなかった色も、化学の力によって人工的に作り出されるようになり、現代社会の私たちの暮らしはカラフルに彩られています。

素敵な色の仕組みやその背景を知ることで、私たちの世界は、これまで以上に魅力的に感じられるのではないでしょうか。

*1 出所)京都市青少年科学センター「光の3原色と色の3原色」

https://www.edu.city.kyoto.jp/science/online/story/19/index.html

*2 出所)化学と教育 65 巻 5 号「有機化合物の構造と色」p.264

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/65/5/65_246/_pdf

石上 文
広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。