マーケットインの落とし穴

コラム

今回は、「マーケットインによって、差別化ではなく同質化が進む」というお話です。

最近化学業界において、「スペシャリティシフト」という言葉をよく耳にします。より付加価値の高い製品を市場に提供することで、他社と差別化を図り、持続的成長と収益性向上を目指す考え方ですね。
そのための手段として注目されているのが「マーケットイン」、つまり市場や顧客のニーズを起点にしたビジネススタイルです。

かつては、自社の技術を起点にした「プロダクトアウト」型の開発が主流でした。これは技術志向型で、言ってしまえば、研究者のこだわりを出発点としています。

ところが今では、グローバル競争の激化により供給構造は変化し、顧客のニーズも高度化・多様化しています。その結果、「良いものを作れば売れる」というこれまでの前提は崩れつつあるのです。
こうした背景から、顧客の具体的な困りごとに答える、課題解決型の「マーケットイン」が強く意識されるようになっています。

ただこの考え方には、思わぬ落とし穴があると感じています。
今回は、私のSNS発信者としての経験をもとに、マーケットインで陥りがちな沼についてお話しします。

SNSと化学メーカー、意外な共通点

私は化学業界に勤務しながら、SNSで発信活動をしています。
両者の立場に立って感じているのが、実はSNS発信者と化学メーカーでは、取り巻く環境がとても似ているということです。

そもそもの話にはなるのですが、SNS発信においても、プロダクトアウトよりもマーケットインの考え方が好まれます。
つまり「自分が言いたいことを一方的に発信する」のではなく、「ユーザーが知りたいこと、求めていることに応える」姿勢が重要なのです。

たとえば、「GHSおよび各国法規に対応したSDS作成の裏側」という発信よりも、「化学メーカーで30代のうちに年収1000万いく人の共通点」の方が、“バズりやすい”のではないでしょうか。
たとえ情報として有益なのが、前者であったとしても、です。

いまや誰でも簡単に発信できる時代ということもあり、競合(発信者)は急増し、ユーザーの目は肥えています。こうした構造の中では、「プロダクトアウト(自分視点)」なコンテンツは簡単に埋もれてしまうのです。

少し話がそれたかもしれませんが、ここで伝えたいのは、SNS発信者と化学メーカーは、実は同じような状況に置かれているということ。

つまり、「情報」と「製品」の違いこそあれ、SNSも化学業界も競争が激化し、ユーザーニーズは多様化・高度化し続けています。その結果、従来のプロダクトアウト型では立ち行かなくなり、マーケットイン型への転換が求められているのです。

マーケットインは同質化が進む

ここまでは、化学メーカーもSNS発信者もマーケットインへ転換している、という話でした。では、マーケットインへの転換が進むと、どうなるのか。

かれこれ4年くらい、私がSNSの世界に身をおいて感じているのは、「マーケットインによって、差別化ではなく同質化が進む」ということです。

差別化を意図してマーケットインへ転換したはずなのに、なぜ同質化が進むのか。
これには、マーケットインが抱える2つの課題が関わってきます。

まず1つ目は、そもそもユーザーのニーズを捉えるというのは、決して簡単ではない、ということです。
これは、現場でもよく直面する課題ではないでしょうか。

例えばSNSの世界では、ユーザー自身が自分のニーズに気づいていないことはよくあります。加えてニーズは流動的で、刻一刻と変化します。
つまり、「ニーズ」は調べたら分かるようなものではなく、実際には言語化されていない欲求を読み取り、移ろいやすい興味に合わせて発信するような、意外と高度な作業が求められるのです。

これは簡単ではなく、10回挑戦して1回ヒットすれば上出来というレベルだと思います。

そして2つ目が、さらに厄介です。
仮にうまくニーズを捉えられたとしても、競合の存在がすぐにその価値を相対化してしまいます。

例えばSNSの世界では、”バズった”発信はすぐに模倣されます。
自分でニーズをとらえるよりも、成功事例から模倣する方が、早く、確実なのです。

では、この2つの課題がかけ合わさると、どうなるか。
SNS発信者は独自性よりもユーザーニーズを優先するがあまり、皆が同じ方向を目指してしまいます。
そして手っ取り早く結果を出すために、成功事例の模倣が頻発し、差別化ではなく同質化が進んでしまうのです。

SNS上で、どこかで見たことがあるような投稿が並ぶ背景には、発信者の苦悩があるのかもしれません。

マーケットインはコンパスであって、エンジンではない

ここまでは私のSNSでの経験から、マーケットインの課題をお話しました。
ユーザーニーズに応えようとするあまり、最後には同質化が進む、と私は肌感覚で感じています。

そしてこの構図は、化学業界における企業同士の競争においても当てはまるのではないでしょうか。

実際に、顧客から高い品質が求められる成長分野でも、すでに各社が性能をめぐって激しく競い合っています。そこに加えて、新興国メーカーの追い上げも勢いを増しています。
その結果、いずれ競争はさらに激しくなり、最後は価格競争に巻き込まれる。この流れが、また繰り返される可能性があるのです。

では、マーケットインは誤った戦略なのかと言えば、そうではありません。
重要なのは、「マーケットインはコンパスであって、エンジンではない」ということです。

つまり、マーケットインは「どこへ向かうか」を示す指針を得る、有効な考え方です。そのために、「市場の声を聞く」ことは欠かせません。
一方で、コンパスだけを見ていると目の前の沼に気が付かないように、ニーズを妄信すれば、同質化の沼に陥る可能性があるのです。

したがってコンパスとともに重要になるのが、目的地へ進むエンジン、つまり自身の強みや戦術です。
勝ち残るためにはコンパスとエンジンの両軸を意識し、ユーザーニーズと自身の強みが交わる一点を徹底的に追及することが重要なのです。

これはSNSでも同じで、「自分が本当に得意な領域」と「ユーザーが求めている領域」。
この2つが重なる場所を見つけ、そこを深掘りし続けるしか、持続的な競争優位は生まれてきません。

企業もSNSも、自身の強みとニーズがかみ合うことで差別化につながり、持続的な成長をもたらすと考えています。

終わりに プロダクトアウト的な強み

まとめると、相手のニーズに応えるというマーケットインの姿勢を持ちながら、自身の競争優位性を磨き続け、その交わる場所を追求することが大切だ、と言う話でした。

こう考えると、実はプロダクトアウトとも言える技術者のこだわりも、一つの競争優位性になると感じています。

なぜなら、技術や製品といった「目に見える」ものは、時間とともに模倣される運命にあります。
したがって、いずれそのスペックが市場にとって当たり前のものになれば、最後は価格競争に巻き込まれてしまうのです。

その前提で考えたときに重要になるのが、「目に見えない」強みです。

つまり、顧客にはその強みがありありと感じ取れる。
一方競合からすれば、製品構造が明らかとなっても、その強みを実現する方法が目に見えない。

こういった模倣困難な強みは、より持続的な競争優位性を築くうえで有用なのです。

それは例えば、人材、生産システム、知財戦略、顧客との信頼関係などが考えられますし、あるいは技術者のこだわりから生み出される、プロダクトアウトの産物も、そのひとつかもしれません。

つまり、同質化を防ぎ、競争力を維持する鍵は、顧客の中ではなく、自分の中にあるのではないでしょうか。

ごりお
大学院を修了後、化学業界に勤務。YouTube、ブログ、noteなどで化学業界や企業解説を発信中。YouTubeは登録者4.3万人。