体の内に病院を設置する? 「ナノマシン」が切り拓く医療の未来

コラム

病気になった時、定期的に通院するのはなかなか面倒なものです。
待ち時間、検査、説明や処置、薬待ち。時によっては1日仕事になることもあります。

では、体の中に病院機能が埋め込まれており、24時間自動で体内をパトロールし、異変をいち早く見つけて投薬までしてくれたら?

そんなSFのような技術の開発が現実世界で進んでいます。

2045年の実現目指す「体内病院」

医療費の増大、医療へのアクセスが難しい過疎地域、手術の困難な進行がんの治療など、日本の医療が抱える課題は数多くあります。

その解決方法のひとつとして期待されているのが「体内病院」で、鍵になるのは「ナノマシン」です。

名前の通りナノサイズ(10億分の1メートル)の「マシン」ということですが、「マシン」といっても機械ではなく、50ナノメートルほどの高分子です。
このナノマシンにセンシング機能や薬剤を搭載し、将来的にはナノマシンが病気の検出から診断、治療までを行えるようになるというのが「体内病院」の構想です。

(出所:川崎市資料「ナノ医療イノベーションセンターについて」)
https://www.city.kawasaki.jp/980/cmsfiles/contents/0000096/96968/2%281%29.pdf p3

確かにナノレベルの道具で体内を監視できれば人間の目では見つけにくい小さな病変も検知できますし、同時に薬剤となる分子をその場で病変部分に確実に投与できれば「早期発見・早期治療」が実現します。また、通院や検査の負担も大幅に軽減されることでしょう。

実用に近い「細胞への薬配達」

体内病院プロジェクトのなかでも臨床研究まで辿り着いているのが、患部に薬を届ける「ドラッグデリバリーシステム(DDS)」です。

DDSの構造
(出所:科学技術振興機構「患部を直接治療するナノカプセル」)
https://www.jst.go.jp/seika/bt39-40.html

名前の通り薬を運ぶシステムというわけですが、上の図のような構造をしています。

まず表面に、病気の細胞だけに取りつく部分があります。確かにこれなら確実に個別の細胞を狙うため、薬が健康な細胞に入り込んでしまい副作用を引き起こすことも減るでしょう。

しかし、細胞はどんな分子でも簡単に受け入れるわけではありません。そんなことをしたら毒や病原菌に侵され放題になってしまいます。
そのため、ナノマシンの殻の部分は細胞に取り込まれやすい構造をしています。その内部に薬剤を抱え込み、目的地に到達すると殻の部分は分散し、狙ったところに薬剤を確実に放出するというしくみです。

例えばアルツハイマー病の治療の場合、脳に向かうナノマシンはブドウ糖のような分子を搭載しており、脳に必要な物質として認識させ取り込ませるという方法を取っています。
これにより患部への薬剤の到達率は今までよりも100倍高くなっています。

がん細胞に集まる薬剤の量は10倍に

ドラッグデリバリーシステムは、実際に臨床研究が実施されています。

東京女子医科大学と東京医科大学は共同で膵臓がんなどの難治がんを対象に、抗がん剤を包んだナノマシンと超音波照射を組み合わせた治療の臨床研究を実施しました。
具体的にはがんが進行して手術ができない膵臓がんと胆道がんの患者12人に、抗がん剤のエピルビシンを搭載したナノマシンを投与し、24時間後に超音波を照射するというものです。

その結果、標準的な治療方法がなくなったステージ4の膵臓がん、胆道がん患者の約42%(12人中5人)で腫瘍が縮小し、痛みを訴えていた6人のうち2人で痛みが改善しました。

また動物実験では通常の抗がん剤投与のときよりナノマシン化して投与した方が、薬剤のがん細胞への集積が約10倍高くなったという結果も出ています。

また、ナノマシンは「切らないがん治療法」である点も注目したいところです。実用化できれば、患者の体への負担は大きく軽減されます。

薬剤以外の体内投与にも期待

ナノマシンの用途は投薬だけではなく、今後多くの役割を担っていくことと筆者は思います。
薬剤だけではなくDNAを抱え込んだナノマシンを送り込めば傷んだ細胞の修復も可能になるでしょうし、発光物質を搭載できれば微細ながんとその動きを可視化でき、転移がんを小さなうちに発見することも可能になるかもしれません。
また、iPS細胞など再生医療との融合も期待できます。

マイクロロボットも誕生

そして、昨年末、ロボット工学の世界で衝撃的な論文が発表されました。

米ペンシルベニア大学とミシガン大学が世界最小のプログラム可能なロボットを開発した、というものです。自力で周囲の状況を感知して反応し、かつ数ヶ月にわたって稼働できるといいます。

(出所:ペンシルベニア大学「Penn and Michigan Create World’s Smallest Programmable, Autonomous Robots」)
https://www.seas.upenn.edu/stories/penn-and-umich-create-worlds-smallest-programmable-autonomous-robots/

驚くべきはそのサイズで、約200×300×50マイクロメートルと塩粒より小さく、肉眼で見ることも難しいほどです。多くの微生物と同じスケールで動作する、完全にプログラム可能で自律的に動くロボットです。
もちろん、医療分野への応用も期待されています。
体内でマイクロチップが検査技師のように、医師のように、薬剤師のように24時間働く将来は、AIとの融合を考えれば不可能なものとは言い切れないでしょう。

新技術を受け入れる準備はできているか

ついにマイクロチップを体内に埋め込む時代が来たのかー。

プログラミング可能なマイクロロボットの投与となると、高分子という生化学的なものよりも世論は敏感になることでしょう。プログラムされたものを体内にとどまらせるという意味では倫理性に関する議論は避けられないものになるでしょう。ペースメーカーとはわけが違います。

筆者はこの点においていつも悔しい思いをしています。というのは最先端技術が誕生しても日本では常に、法整備の遅れなどによって社会実装までに長い時間を要しているからです。

また、その間に特許を取り逃すなど論外です。

ひとつの技術によって世界が大きく変わろうとする時、いかに官が高いアンテナでトレンドをキャッチし行動に出るかは、数十年後の日本の優位性を左右する重要な課題です。

清水 沙矢香(しみず さやか)
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。取材経験や各種統計の分析を元にWebメディアや経済誌などに寄稿中。