「成長分野」を具体的に見極める
前回は、化学企業が事業ポートフォリオを再設計するうえで、財務・技術・市場の3軸評価 と SOTP(Sum of the Parts)による企業価値の見える化をどのように組み合わせるべきかを整理した。
今回はその続編として、この3軸を具体的な成長領域に適用し、日本の化学産業がどこで勝てるかを立体的に検討する。
脱炭素とデジタル化の進展により、半導体、医療、インフラ、水資源といった領域では素材技術の重要性がこれまで以上に高まっている。化学企業にとってはむしろ追い風だが、全ての領域に投資を続けることは現実的ではない。だからこそ、財務×技術×市場で領域を選び抜く“選択力”が競争力の源泉になる。
以下では、この3軸に基づき、特に勝ち筋が明確な5つの成長領域を例示的に提案する。
財務×技術×市場に基づく5つの成長領域の提案
❶ デジタル社会基盤(半導体・光通信・データセンター)
半導体微細化やデータ処理量の増加によって、フォトレジスト、CMPスラリー、封止材、光ファイバー材料などの日本が強い素材の重要性はさらに高まっている。顧客認証が厳しくスイッチングコストも大きいため、技術と市場の両面で安定的な高収益を見込める。

❷ 医療・ヘルスケア材料(バイオ医薬、DDS、診断)
高分子バイオ材料、細胞培養素材、特殊フィルムなど、要求特性が高度であるが、技術差別化が効きやすく、少ない投資で高ROICを狙える機能材が多い。高齢化に加え、個別化医療と再生医療の進展により、市場成長も強い追い風が続く。精密化学に強い日本企業がそのまま優位を発揮できる領域である。

❸ 脱炭素・次世代エネルギー(軽量化材、高機能樹脂、水電解)
EV、電池、燃料電池、水素社会の拡大は、炭素繊維、触媒、電解膜といった日本が強みを持つ技術に直結する。ただし投資負荷が大きいため、財務視点での優先順位付けが欠かせない。提携やアライアンスを前提にした戦略設計が求められる。

❹ サーキュラーエコノミー(リサイクル、バイオ素材)
規制・ESGの追い風は強いが、収益化は容易でない。原料の確保、装置産業としての効率性と、分解・再生の技術高度化を同時に満たす必要があり、事業設計力が問われる。SOTPによる事業価値評価と技術チェーン評価を併用し、投資領域の精度を上げることが重要である。

❺ 社会基盤の安全化(防災、老朽化対策)
高耐熱樹脂、難燃材、膜分離技術、衝撃吸収材などは、規制・安全要求によりスイッチングコストが高い。長期契約につながりやすく、事業全体のキャッシュフローを下支えするとともに、景気耐性の高い収益基盤として収益の安定性を強化する。

標準解はない。強みから逆算して領域を決める
成長領域の正解は企業ごとに異なる。重要なのは「どの領域が儲かるか」だけでなく、「どの領域なら自社が勝てるか」も見極めることであり、それをあぶり出すのが財務・技術・市場の3軸統合評価である。技術においては、自社固有技術を単なる製品スペックとしてではなく、顧客のプロセスにおける物理的、化学的「機能」として再定義する必要がある。3軸を併せて見ることで、
- どの技術が複数市場に横展開できるか
- どの顧客は離れにくいのか
- どの領域が企業価値の拡大(マルチプル向上)につながるのか
といった問いに答えられるようになる。この“自社ならではの勝ち筋”を描ける企業が、次の成長を手にする。
勝つ領域の選択が、日本の化学を再び世界の中心へ導く
日本の化学企業は、すでに世界トップ級の顧客基盤と技術を持っている。だからこそ、選択する力を磨けば、企業価値は大きく伸ばせる。
そして、ここで提案した5つの成長領域を実際にものにするためには、自社の技術や顧客を強化し、規模や補完性を獲得するためのM&A が極めて重要になる。
次回は、この「選択した領域で勝ち切るためのM&A戦略」について検討してみたい。

