化学メーカーのCMに見る「大人の本気」
早いもので、もう年の瀬。つい先日年が明けたかと思えば、街はすでにクリスマスの装飾で華やぎ、年末特有の空気が漂ってきました。
この時期の私の楽しみは、なんと言っても「化学メーカーのテレビCM」です。 化学メーカーのテレビCMは採用活動やインナーブランディングの意味合いが強く、家族が集まる年末年始に増える傾向があるそうです。
実際に見てみると、親しみやすさと、企業の信頼を裏付ける技術力をうまく両立させたものが多く見受けられます。「難しいことを面白く伝えよう」とする大人の本気が感じられ、毎年密かに楽しみにしているのです。
本来、こういったテレビCMはモノを宣伝する場ですが、消費者に直接モノを売らない、BtoBの化学メーカーらしいメディア活用法といえます。
モノの飽和
ところが最近では、BtoCビジネスのメーカーにも変化が起きているようです。 例えば自動車メーカーのCMを見ると、車の機能そのものより、家族との時間やキャンプといった「体験価値」を主軸に置いたものがみられます。一見すると、自動車のCMと分からないときもありますね。
これはモノや機能の飽和が背景にあるようです。 実際、最近の車はどれもよく走りますし、必要な時にレンタルやシェアリングを活用するだけでも十分にその恩恵を享受できます。
モノや機能が飽和した現在、メーカーは「何を作っているか」ではなく、「なぜ作っているか」を語る時代になっているようです。
さて、この「モノや機能が飽和した時代」というのは、化学業界にとっても他人事ではないと感じます。 中国勢の台頭により需給バランスは崩れ、機能・品質面での差異も薄まりつつあると言われます。
実際に中国企業のパワーとスピードは凄まじいもの。ヒト・モノ・カネといった経営資源を惜しみなく投入し、規模の効果を最大化してコストを削減、あっという間に低価格な製品を作り上げてしまうのです。
例えば中国のエチレン生産能力は2019年には3000万トン程度とされていましたが、それが今では2倍の6000万トンまで拡大しています。また実際に、中国製品の価格に驚かされる時もしばしばあります。
スペック競争が激化し、技術レベルが拮抗すれば、多くの顧客は「より安いもの」を選びます。低価格競争一辺倒になってしまえば、日本企業にとって苦しい展開になりかねません。
スペシャリティシフトとその課題
こうした変化を受けて、多くの化学メーカーが進めているのが、スペシャリティシフト。これは高付加価値な製品で他社との差別化を図り、持続的な成長と収益向上を目指す戦略です。つまり価格ではなく価値で勝負する決断といえます。
経済産業省の「化学産業の現状と課題」によると、グローバル企業が拡大する中で、日本企業は規模を追求する戦略から方針転換しており、高い技術力からグローバル市場獲得に向けて取組を加速させているとしています。実際に化学メーカーの長期計画をみても、電子材料やライフサイエンスなど、高付加価値分野を重点成長領域に据える企業が多くみられます。
このように化学メーカーが進むべき方向は明確ではあるものの、スペシャリティシフトの最大の課題は、「いかにして付加価値を生み出すか」にあります。化学メーカーの現場では、「漠然とした付加価値という言葉を、どう捉えてアプローチするべきか」、ここで頭を抱えていることが多いのではないでしょうか。
高付加価値化の3つの段階
多くの化学メーカーの成長戦略をみているなかで、付加価値を生み出し方について、私の中では以下の3つの段階に分けられるのではないかと考えています。
まず一つ目の段階が、競争です。これはシンプルなスペック勝負。
優れた技術力により、他社よりも高い性能、耐久性、純度などを実現し、機能的な優位性を確立する段階です。これまでの日本企業が得意としてきた領域で、「良いものを作れば売れる」という思想があるかもしれません。
一方で、技術のキャッチアップ速度はかつてないほど速く、グローバルに競争は熾烈なものとなっています。技術力だけの差別化を図っても、いずれは追いつかれ、結局は価格勝負になってしまうのではないかという懸念は残ります。
そこで重要になるのが、共創です。
自社の素材を提供するだけでなく、顧客にソリューション提案を行ったり、顧客の開発段階から入り込んで共同で用途開発を行ったりする動きを指します。
具体例として、ジェルボール型洗剤における、クラレの水溶性ポバールフィルムが挙げられます。ジェルボール型洗剤は、洗剤をフィルムに包んだ形の衣料用洗剤で、詰め替えや軽量の手間がない利便性が魅力です。このジェルボール型洗剤の肝となる特殊フィルムは、クラレとP&Gの共同開発により生まれており、顧客と共に新たな市場を作り出すことに成功しています。
化学メーカーは、最終製品を作って世の中にインパクトを与えるのではなく、新しい素材を採用してもらうことによって、世の中にインパクトを与える会社。そういった意味でも、顧客との共創は欠かせません。
そして最後が、「境喪(きょうそう)」です。これは私の造語で、「製造業としての境界の喪失」を意味しています。モノを作って納めるだけではない、いわゆる「モノ売り」から「コト売り」への転換といえるかもしれません。
例えば、最近よく聞くようになったライセンスビジネスなどがそうではないかと感じています。ライセンスビジネスは、自社の工場で生産した「モノ」を売るのではなく、長年培った技術やノウハウという「無形資産」そのものを提供して対価を得るビジネスモデルです。
本来は、活用し切れていなかった無形資産の収益化や、急速に変化する外部環境に対して、収益化のスピードアップを図る意味合いがあります。一方で、旧来の設備産業の考えにとらわれず、自社の資産をいかにして顧客のビジネス価値に変換するかという、物売りの境界線を越えた取り組みと感じています。
提供価値の再定義
以上をまとめると、スペシャリティシフトという大きなトレンドの中にも、機能的価値から意味的価値への移行が生じているのではないでしょうか。つまり「いかにハイスペックな素材を作るか」だけでなく、「その技術を使って、顧客や社会にどのような意味をもたらすか」も重要性を増していると感じます。
化学メーカーの場合、モノを作るのは自分ですが、価値を決めるのは顧客です。作り手は目に見えるスペックでモノを語りがちですが、顧客はそこから得られる総合的な利益で価値を判断します。
単に優れた製品を開発し続けるだけでなく、顧客のニーズを把握するマーケティング戦略に加え、既存の「製造業」という定義に縛られず、自らが提供できる価値を柔軟に再定義していく姿勢が求められます。
冒頭で触れた自動車メーカーと同様に、化学メーカーにも「何を作っているか」ではなく、「なぜ作っているか」を問われているのかもしれません。そういった視点で化学メーカーのCMをみると、新たな価値を届けようとする、また違った「大人の本気」が見えてくるのではないでしょうか。


