「私たち生命のルーツは、地球の外にあるのかもしれない」
その謎に迫るため、日本発の小惑星探査機である「はやぶさ2」がはるか遠い宇宙へと送り出されました。
そして、2020年12月、はやぶさ2は約7年間の長い旅路の末に、小惑星リュウグウからサンプルを採取し、地球に持ち帰ることに成功しました。
わずか数グラムの小さな粒子には、太陽系誕生の歴史を紐解く化学情報がぎっしりと詰まっています。
その化学組成が明らかになれば、地球や生命がどう生まれたのか、生命の材料はどこにあったのかを理解するための重要な手がかりがつかめるかもしれません。
はやぶさ2が持ち帰った小惑星リュウグウのかけらは、私たちになにを語りかけてくれたのでしょうか。
生命誕生という究極の謎に挑む「はやぶさ2」
「生命は海で生まれた」という話は、誰しも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
筆者自身も、原始的な生物が海で誕生し、やがて陸へと進出して進化を遂げ、現在の動物たちの祖先となったという生命誕生のストーリーを子どもの頃から何度も見聞きし、自然に受け入れていました。
しかし、地球や生命の起源は今なお大きな謎に包まれており、長年にわたって研究が続けられています。
生命は海で誕生したとする説がよく知られていますが、火山地帯の温泉周辺の陸上で生命が誕生した説や、海底火山の熱水と海水が混ざり合って生命が誕生した説も有力視されています。
さらに、「生命は隕石として宇宙から飛来してきた」という説も存在しています。
宇宙空間を生命体が移動してきたという話は、一見突拍子もないように感じられ、直感的には信じがたいかもしれません。
「私たちはもともと宇宙人だったのか?」「生物が宇宙を移動するなんて無理ではないか?」と疑問に思う方も多いでしょう。
しかし、より単純な分子レベルの生命体であれば、必ずしも不可能とは言い切れないのです。
こうした謎に迫るため、2014年12月に打ち上げられたはやぶさ2は、地球から約3億キロメートル離れた小惑星「リュウグウ」を目指して出発しました。
はやぶさ2の大きな目的の一つは、地球外からサンプルを持ち帰り、太陽系の起源や進化、そして地球生命の原材料となる物質の成り立ちを解き明かすことにあります。
太陽系とともに46億年前に生まれた地球は、一度溶けた原材料物質によって形成されたものであるため、もとの材料がどんなものだったかは、地球の物質を調べただけではわかりません。
しかし、リュウグウのような炭素質小惑星の化学組成は太陽系誕生からほとんど変化しておらず、地球や他の惑星を作った材料がそのまま残っている可能性が高いと考えられています。
また、リュウグウの化学組成は太陽によく似ており、まさに太陽系を代表するような天体といえます。
太陽ともっとも近い化学組成である「CIコンドライト」と呼ばれる隕石は、これまでも地球上で発見されていました。
しかし、地球に落下する際の大気圏突入で破壊されたり、到着後に大気や地表で汚染されることが避けられませんでした。
つまりリュウグウから直接採取されるサンプルは、隕石のように水や酸素などの地球上の物質の影響を受けることもない、極めて純粋で希少な情報源といえます。
2020年12月、はやぶさ2は小惑星リュウグウのかけらを搭載したカプセルを地球に届けました。
貴重なサンプルを無事に持ち帰ったことで、世界で初めて炭素質小惑星から直接採取された粒子を実験室で分析することが可能になったのです。
私たちのルーツは宇宙にあった?
人間をはじめとする生物の体は、炭素を中心とした有機物で構成されています。
一方で、自然界には生物の活動に関与しない金属や食塩、水などの無機物も存在しており、有機物とは明確に区別されています。
地球上の生命の誕生を理解するうえで、多くの研究者が支持しているのが 「化学進化」 という考え方です。
化学進化とは、無機物が反応を繰り返すことで、生命の材料となる有機物が自然に作られていくという仮説で、これまでに数多くの実験や観測でその可能性が示されています。
真っ黒な小惑星であるリュウグウは、その見た目からも炭素を含む有機物が多く含まれていることが期待されていました。
実際、リュウグウが持ち帰ったサンプルには、アミノ酸や窒素化合物などの80種類以上の生命の材料分子が確認されています。
その中には、すべての地球生命のRNAに含まれる核酸塩基「ウラシル」と、生命の代謝に必要不可欠な「ビタミンB₃(ナイアシン)」が含まれていました。

出所)東京大学大学院 理学系研究所理学部「小惑星リュウグウに核酸塩基とビタミンが存在!」
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/info/8330/
RNAはDNAが保持するタンパク質の情報を写しとり、体内でのタンパク質の生産や調整に関わる重要な分子で、DNAと並んで生命活動を支える中心的な役割を担っています。
この発見は、有機物の化学進化がどのようにおこなわれたのかを示す貴重な手がかりです。
そして、「原始の地球で最初の生命がどのように生まれたのか」という問いに対して、「生命体の材料の一部は地球外からもたらされた」という説を強く後押しするものでもあります。小惑星のかけらが隕石となって地球に降り注ぎ、生命の素となる成分を運んできた、そんなシナリオがより現実味を帯びてきたと言えるでしょう。
一方で、リュウグウから検出された有機物はあくまでも生命の材料、つまりは物質であり、生命そのものではありません。
では、生命は一体どこで生まれたのか、物質から生命にどのように分子進化したのか、その謎を解明するために、現在も多くの科学者によって研究が続けられています。
リュウグウの水は生命誕生の手がかり
はやぶさ2の帰還後、リュウグウのかけらに水が含まれていたというニュースが大々的に報道されました。
地球以外の天体で水が存在したという事実に、心を躍らせた方も多かったのではないでしょうか。
リュウグウのかけらに閉じ込められていた液体の水は炭酸水で、その温度はおよそ40℃程度と想定されています。
つまり、リュウグウにはあたたかい水が存在し、まるで温泉のような環境がつくりだされていたのです。
地球外で採取された試料から液体の水が発見されたのは世界初で、地球の水の起源を解明するうえで非常に興味深い発見として注目されました。
その後、さらに分析が進み、リュウグウのかけらから水との親和性が高い有機酸群や窒素分子群も検出され、リュウグウはかつては水に満ちた天体であったことも示されています。
そして2025年9月、リュウグウの岩石が氷を10億年以上も保持していたことが、東京大学などの研究チームによって明らかになりました。
含水鉱物に加えて、氷として水を含んでいたことがわかり、その総量は従来の想定値の2~3倍であった可能性があります。
この発見は、太陽系の歴史における水の挙動を解明するための重要なヒントとなります。
炭素質小惑星は、45.6億年前に太陽系の外側で誕生し、氷がとけた水と岩石の反応によって含水鉱物が形成されました。
その10億年以上後に、リュウグウの母体となる炭素質小惑星が他の天体と衝突し、氷が水となって流出したことが今回の分析によって明らかになりました。

出所)国立極地研究所「小惑星リュウグウの岩石は氷を十億年も持っていた!―地球の材料天体に従来見積もりの2〜3倍の水があった可能性―」
https://www.nipr.ac.jp/info2025/20250911.html
地球上に豊富に存在している水は、生命活動を維持するうえで欠かせない存在です。
リュウグウから発見された氷や、水と反応した痕跡がある含水鉱物は、アミノ酸や核酸塩基といった有機物とともに、地球に生命材料がもたらされた可能性を示す重要な手がかりとなります。
宇宙の謎に迫るための「化学の視点」とは
はやぶさ2が地球に届けたわずか数グラムの小惑星サンプルは、太陽系誕生以前の記憶をそのまま閉じ込めた「タイムカプセル」とも言えるでしょう。
そこに眠る有機物や水は、太陽系でどのように化学進化が進み、生命が誕生していったのかを読み解くという、壮大なテーマに迫る重要な鍵となることが期待されています。
宇宙や地球の起源を探る学問は、星や惑星の運動や光、重力などを扱うため、物理学の一分野として語られることが多いかもしれません。
さらに、生命の進化という視点に立てば、生物学と深く関連する領域ともいえます。
しかし、惑星や生物を形づくる物質がどんな元素でできているのか、どんな化学反応を経て現在の姿へと進化していったのかを理解するのは、まさに化学が担う領域です。
私たちが暮らす地球が、そして生命がどのように誕生したのか、それを紐解くためには物質そのもののふるまいや変化のプロセスを明らかにする、化学の視点が必要なのです。


