中東情勢の緊張が続き、日本では原油価格が高騰しています。
特に原油を精製して作られプラスチック製品などの原料となる「ナフサ」が不足するのではないかという懸念が広がり、実際にサプライチェーンの川下にある企業の一部ではナフサの調達が難しくなりつつあります。
しかし、本当にナフサは不足しているのか?
この視点で見ると、実は、今起きている現象は「令和のコメ騒動」に似ている点があることが浮かび上がってきます。
ナフサとは?
ナフサとは、原油を精製して作られる石油製品の一種です。ナフサをエチレン等の基礎化学品に分解し、中間製品を経てプラスチック製品等の材料になっています。
そしてナフサからはエチレン、プロピレン、ブタジエン、ベンゼン、トルエン、キシレンといった「石油化学基礎製品」が作られます。これらの基礎製品から、プラスチック、合成繊維、合成ゴム、合成洗剤、塗料などの原料となる「石油化学誘導品」(中間製品)が生産されます。
中間製品は関連産業の工場に運ばれ、様々な製品に加工されます。さらにパソコンや携帯電話、大型の薄型テレビ、その他家電製品、自動車のバンパー、シートや内装、ワイシャツやスポーツ用品などの衣料品、塗料、橋脚の補強材など様々な分野で必要とされています。

https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/material_industry/pdf/260326.pdf
なお、意外に思われるかもしれませんが、仕入れ先の内訳をみると、4割が国産、4割が中東、その他の国からの輸入が2割となっています。ただこの4割という数字は、他の石油製品に比べ中東への依存が非常に高いといえます。

https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2026/04/report_260421_01.pdf#page=5
よって原油の国際価格の動きとの連動は免れません。
原油価格の推移
では、最近の原油価格の推移をみていきましょう。みなさんご存知の通り、中東情勢が複雑化するにつれて原油価格は大きく値上がりしています。特にアメリカ・イスラエルがイランを攻撃して以降の値上がりは顕著です。

https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2026/04/report_260421_01.pdf#page=7
この原油高騰は業界関係者のみならず、一般消費者にも様々な影響を与えています。筆者の知る関東のある自治体では、指定のゴミ袋が1人あたり1セットしか買えない状況にあるということです。
「ナフサ不足」は本当か
そして実際、原油高に伴ってナフサの国際価格も大きく上昇しているのは事実です。

https://www.maff.go.jp/j/shokusan/recycle/youki/pra-tf/dai7tf/shiryo4.pdf#page=24
ただ、これはあくまで「価格」の問題です。もちろん価格が上昇すればある程度商品価格に転嫁していかなければ企業としては成り立ちません。実際、関連企業は合成繊維や樹脂製品、梱包袋といったプラスチック製品の値上げに踏み切っています。
しかし価格高騰そのものも含め、それ以外の理由で「ナフサ不安」が生じているという見方のほうが正確なように感じます。
半年分を超える政府備蓄
まず日本政府は戦略的に、ホルムズ海峡経由の石油輸送が途絶えても200日程度は凌げる程度の備蓄をしています。
ナフサに至っては、既存の在庫に加えて、日本国内での精製や中東以外からの輸入の拡大によって国内消費量の半年以上を確保できるとの見通しを示しています。
実際、政府は備蓄石油の一部である1か月分を、3月に放出しました。
「量」の面から見れば、これは十分な備えができていると考えます。
「ナフサ不足」論はどこからやってきた?
しかしなぜ「ナフサ不足」という言葉が囁かれるのでしょう。いくつかの理由があります。
特徴的な長いサプライチェーンと「目詰まり」
ひとつには、石油製品のサプライチェーンの長さがあります。 石油製品の供給は、大手石油化学メーカー→樹脂メーカー→加工メーカー→問屋→最終製品のメーカー→問屋→小売店とそのサプライチェーンが非常に長くなっています。
よって、備蓄の放出などがあったとしても、サプライチェーンの川下にあたる企業に行き渡るには、ひとつの混乱をきっかけに川上から川下にむけての流通的な問題が生じる「目詰まり」が起きやすい環境にあると言えるでしょう。
ナフサにも様々な種類
さらに、一口に「ナフサ」といっても、成分や用途が多岐にわたります。ナフサの量が全体として十分に確保されても、個々の企業が必要とする種類のナフサでなければ、既存の設備では製品を作れないといった事態が生じます。よって流通はさらに複雑なものになりがちで、最終製品の生産に影響が出ていることでしょう。
ただ、別の、かつ最も大きい要因があると筆者は見ています。ある出来事を思い出さずにはいられないからです。
思い出される「令和のコメ騒動」
今回の混乱を見て、筆者が思い起こすのは「令和のコメ騒動」です。
令和のコメ騒動では、コメ価格を吊り上げた要因は、実は心理的問題だとも考えられています。 2024年の春先から酷暑による米の供給不足が懸念され始め、メディアで報道されることが増えてくると、米の価格がじりじりと上がり始めます。しかしコメ価格を急上昇させた決定打は8月8日、気象庁から「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」が発表されたことだとの指摘があります。

出所:三菱総合研究所「『令和のコメ騒動』(1)コメ高騰の歴史に学ぶ、今後の見通し」
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20250128.html
いわゆる「パニック買い」です。「大災害が起きたことでコメが手に入りにくくなるかもしれない」との心理が買い急ぎや買いだめを引き起こし、コメが品薄になり、価格も爆発的に上昇したというのが筆者の見方です。。
この時、筆者の自宅近くのスーパーでは、店頭から米と同時に水も姿を消していたのが印象的でした。
コロナ流行初期のマスクの品薄にも似ています。 今回のナフサ供給への懸念にも同様の側面があると考えています。
政府はナフサを4か月~6か月確保したとしていますし、大手の三井化学などは「消費に見合った量を供給している」と説明しています。
ではなぜナフサは「不足」しているのでしょうか?どうにも計算が合いません。
実は、巷で騒がれていることと事情は大きく異なります。サプライチェーンの川中・川下に存在する企業が、在庫切れを恐れ相次いで過剰発注を続けているためだと筆者は考えます。
今後手に入らなくなるのではないか、それなら今のうちに多く買って在庫を強化しておかねば、という川中・川下にあたる企業の心理的な動揺が買い急ぎ・買いだめを招いたと考えられます。こうした動きが流通にも影響を与えたことでしょう。
ここにナフサの供給不安とコメ騒動の類似点があるのです。
コメだけならず水まで店頭から姿を消した、これは明らかに大災害への備えです。
「量」の問題というよりも心理的な混乱により買いだめが発生、その結果価格が上昇、あるいは供給に偏りが出たのが「令和のコメ騒動」の正体だからです。
今後の見通し
今後の見通しは、中東情勢次第ということになりそうです。しかしトランプ米大統領はイランとの戦争について考えを二転三転させており、見通しを立てにくいというのが本当のところでしょう。

https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2026/04/report_260421_01.pdf#page=4
今後を占うのは、ホルムズ海峡情勢もさることながら、中東に過度に依存せず他国からの入手経路を確立できるか、そして流通のボトルネックをいかに解消できるかにかかっています。
もちろん、各メーカーによる落ち着いた対応も求められることでしょう。
また代替原料の開発も合わせて、海外への過度な依存からいち早く脱却する必要がありそうです。

