現代社会では、スーパーやコンビニで季節を問わずさまざまな食品を手に取ることができます。
便利で豊かな食生活はどうやって実現されているのか ーこう問われて、思い浮かぶのは、品種改良や農業技術の進化、冷蔵庫や電子レンジなどの家電の普及などかもしれません。
しかし、現代の食卓を支えている技術はそれだけではありません。
食品をいつでも食べごろの状態で消費者のもとへ届ける、食品保存の技術も重要な役割を担っています。
食品保存とは、単に「長持ちさせる」ためだけの技術ではありません。
鮮度が保たれたカット野菜、食べごろの黄色のバナナ、開封後もパリッとした食感を楽しめるスナック菓子などには、実は化学の技術が活用されているのです。
生活の知恵だった保存技術が今では当たり前のものに
かつて食品保存といえば、貴重な食べ物を無駄にしないための「生活の知恵」であり、冷蔵技術が発展する以前は、常温でも長く食べられる保存食が日常の必需品でした。
魚を干物にしたり、野菜を塩漬けにして漬物にしたり、発酵の力を利用して味噌や醤油をつくったりと、人々は限られた食材をできるだけ長く、安全に、おいしく食べるための工夫を重ねてきました。
冷蔵庫が普及したあとも長らく、食材は基本的に「その日に食べる分をその日に買う」のが一般的だったのではないでしょうか。
1969年に放送がスタートし、昭和の家庭風景を描いてきたサザエさんでも、買い物かごを持って魚屋や八百屋へ、その日の食材を買いに行く光景がたびたび登場していました。
しかし、時は令和。
便利になった現代社会では、「食品をどう保存するか」を意識する機会は随分と減ったように感じます。
私自身も、週末にスーパーでまとめ買いをして冷蔵庫や冷凍庫に詰め込み、「とりあえず入れておけば数日は大丈夫」と思いながら生活しています。
冷凍食品やレトルト食品を忙しい日の食事や災害時の備蓄としてストックできるのも、食品保存技術が進化してきたからこそと言えるでしょう。
こうした便利な暮らしの背景には、食品保存を支えるさまざまな技術が活かされています。
食品保存とは、言い換えれば「腐敗」や「酸化」といった物質の化学変化をコントロールする技術です。
わたしたちが当たり前に享受している現代の豊かな食生活は、「おいしさ」や「安全性」を支える高度な保存技術によって成り立っているのです。
食品保存=「化学反応」のコントロール?
食品が腐るのは、細菌が食品中のタンパク質などを分解し、硫化水素やアンモニアなどを発生させるためです。
細菌は身の回りのあらゆる場所に存在し、温度・水・酸素といった条件がそろうと増殖するため、冷蔵・冷凍や真空パック、乾燥などによってその働きを抑えています。
食品の酸素や水分をコントロールするために鍵となるのが「化学反応」です。
たとえば、お菓子や海苔の袋を開けると、「たべられません」と書かれた小袋が入っていることがあります。
この小袋には、水分を吸収する「乾燥剤」と酸素を吸収する「脱酸素剤」の2種類があり、まとめて鮮度保持剤と呼ばれています。
乾燥剤には生石灰や塩化カルシウムなどが使われ、水と反応したり吸着したりすることで、袋内の湿気を減らしています。
一方で、脱酸素剤には鉄粉などが使用されており、いわゆる「錆び」と同じ酸化反応によって酸素を取り除く仕組みです。
こうした水や酸素の制御は、細菌による腐敗を防ぐだけでなく、「おいしさを損なわない」ことにもつながります。
たとえば、パリパリとした食感が魅力のポテトチップスの袋には、酸素による酸化を防ぐために、空気ではなく油と反応しにくい窒素が充填されています。
酸化が進むと、油が劣化して風味が落ちたり、食感が損なわれたりするため、食品保存ではこうした化学変化をできるだけ抑える必要があります
また、窒素によって袋を膨らませることで、壊れやすいポテトチップスを輸送中の衝撃から守ることもできます。
さらに、化学の力を借りれば、食品を「よりおいしくする」「食べごろに近づける」こともできます。
トマトやメロン、バナナなどの青果は、化学式「C₂H₄」で表される「エチレン」というガス状の植物ホルモンの働きによって、収穫後に追熟します。
エチレンは果物自身が放出する気体で、成熟を促進する作用があります。
買ってきたキウイがもし硬ければ、りんごと一緒に袋に入れておけば食べごろになるというのはおなじみの生活の知恵ですが、これもりんごから放出されるエチレンの働きを利用したものです。
流通や販売の現場では、人工的に製造されたエチレンガスを付加し、「店頭でちょうど食べごろになるタイミング」を調整しています。
まだ青いうちに収穫されたバナナを輸入し、販売前にエチレンガスを作用させて追熟させることで、見た目や甘み、香りがもっとも良い状態で消費者へ届けることができます。
なお、エチレン自体は炭素と水素からなるシンプルな炭化水素で、工業的にはナフサを高温で熱分解することで製造されます。
分子内に「二重結合」を持つため反応性が高く、プラスチック製品をはじめとしたさまざまな化学製品をつくる出発物質として、石油化学産業を支える重要な基礎原料となっています。
食品ロスと戦う!長くおいしく食べるための化学素材
「食品ロス」とは、まだ食べられるのに捨てられてしまう食品のことで、世界規模で問題となっています。
日本では、まだ食べられるにもかかわらず廃棄される食品が年間464万トン発生しており、これは世界の食料支援量の約1.3倍に相当します。
食品ロス削減の取り組みの一つとして、食品包装に化学素材を活用し、「おいしく食べられる時間」や「安全に食べられる時間」を延ばすというアプローチも進められています。
三井化学が開発した鮮度保持フィルム「TPX®フィルム」は、青果の鮮度低下を抑えることで、食品ロス削減に貢献する技術です。
野菜や果物は収穫後も呼吸を続け、酸素を取り込みながら二酸化炭素や水分を放出しています。
そのため、包装していない状態では蒸散が進み、しなびたり食感や風味が損なわれたりしてしまいます。
一方で、塩ビ系フィルムなどで密閉すると内部の酸素が不足し、品質が低下したり、結露による腐敗やカビの原因になることもあります。
TPX®フィルムは、こうした青果の呼吸のバランスをふまえて、包装内部のガス環境を適切に保つことで、腐敗やカビの発生を抑制することができます。

出所)三井化学「鮮度保持フィルムの取り組み」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/special/tpx/why_tpx/case_study/case_study01.htm
ほかにも、東洋アルミニウムが開発した「ハイドロフレッシュ®」は、従来の酸素や湿気を
取り除く方法とは異なり、水素の抗酸化作用を利用して鮮度を保持する特殊フィルムです。
フィルムに含まれる水素発生剤が水分と反応して微量の水素を発生させることで、水中に溶け込んだ酸素を減少させ、食品や飲料の酸化を抑えます。

出所)東洋アルミニウム「ハイドロフレッシュ®」
https://www.toyal.co.jp/products/haku/hydro.html?utm_source=chatgpt.com
食品・飲料用のアルミパウチのほか、ワインの移し替え容器や小分け容器などへの応用も可能で、鮮度や風味を維持する新しい技術として注目されています。
現代の食卓を支える食品保存の技術
わたしたちの日々の生活を彩る「おいしい」ご飯は、食品保存の技術によって支えられています。
食品保存の技術は、時間の経過によって発生する腐敗や酸化、さらには追熟といった物質の変化をコントロールするため、ある意味「時間」そのものを扱う魔法のような技術とも言えるのかもしれません。
今日、何気なく食卓に並んでいる食材にも、鮮度を保ち、おいしさを引き出すためのさまざまな工夫と技術が積み重ねられているのです。


