海洋プラスチックごみは善か悪か…「太平洋ゴミベルト」に生まれた奇妙な生態系

コラム

海岸で見つけたペットボトルが、外国の飲み物のものだった…
そんな経験をしたことがある人は少なくないでしょう。

プラスチックごみは海流に乗って広い海を移動します。特に問題視されている「マイクロプラスチック」「ナノプラスチック」は、海に広がるだけでなく空にも舞い上がり、地球規模の問題を招いています。

それはプラスチックを動物が口にして、その動物を口にしたわたしたちの体にも取り入れられる、といったレベルの話ではありません。
もちろんそれはそれで深刻な問題ですが、実は興味深いことに、この「ゴミの海」で奇妙な海洋生物の営みが発見されているのです。

「太平洋ゴミベルト」とは

世界では5つの海域で「ゴミベルト」の存在が指摘されています。
その中でも太平洋ゴミベルト(GPGP=great pacific garbage patch)は、太平洋のハワイとカリフォルニアの中間地点に位置する世界最大規模の海洋プラスチック集積海域です。

出所:The Ocean Cleanup「What is the great pacific garbage patch?」
https://theoceancleanup.com/great-pacific-garbage-patch/#what-is-the-great-pacific-garbage-patch

この海域で回収されたプラスチックごみを素材別で見てみると、硬質ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、そして廃棄された漁具(網やロープ)が大半だったといいます。

確かに、漁業用の網やロープがウミガメなどの海洋生物に絡みついている写真はよく見られるものです。
なお太平洋ゴミベルトの広さは面積は約160万平方km、日本の4倍の広さに及びます。

ゴミベルトはいかにして形成されるか

太平洋海域で起きている浮遊プラスチックの動きは、このように想定されています。

東京大学の研究チームは、北太平洋移行域およびその沖合海域での浮遊プラスチックごみの分布の実態を調査しました。

出所:東京大学「北太平洋外洋移行域表層のマイクロプラスチック分布実態を解明」
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20210713-1.html

この海域は黒潮が房総半島沖を離岸して東へと向きを変える黒潮の影響を強く受けており、東南アジア、日本を含む東アジア諸国から流出したプラスチックごみを太平洋外洋域へと輸送する主要なルートになっています。

研究の結果では、表層流が弱く静穏な海域に1㎢あたり平均50万個、最大で390万個を越える浮遊プラスチックごみが分布する高密度な汚染海域が存在していることがわかりました。太平洋ゴミベルトと同レベル、あるいはそれ以上の密度に匹敵します。

海洋プラスチックごみが潮流に乗って、遥か遠い海上に運ばれ集積しているのです。

出所:東京大学「北太平洋外洋移行域表層のマイクロプラスチック分布実態を解明」
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20210713-1.html

また深刻な問題として、海中のプラスチックが紫外線の作用によって劣化することで、更に細分化が進行している可能性も考えられるということです。

ゴミベルトと地球温暖化

プラスチックが浴びる紫外線はもちろん太陽光によるものと考えられますが、これまではマイクロプラスチックの地球温暖化への寄与は無視できる程度だとされていました。

ただ、こうした分析は多くがプラスチック粒子が透明だとの前提に基づいていました。
しかし2026年5月に「Nature」紙に掲載されたされた米・中のチームの研究によれば、赤、黄、青、黒などの着色プラスチックは無着色プラスチックの約75倍もの光を吸収することが明らかになったのです。
プラスチックの粒子が小さいほど、太陽光の吸収が起きやすいともしています。

実際、実験室内で人工的に紫外線灯を使ってプラスチックを劣化させたところ、白い粒子は黄色く変色する傾向があり、吸収する太陽光が増えることが分かりました。一方、赤い粒子は脱色してより多くの光を散乱させるようになることもあったといいます。

太陽光を吸収し、散乱させる。海水温度の上昇そして地球温暖化に繋がる現象です。

またこれらのプラスチック粒子は互いにぶつかり合い、大気中にも舞い上がるともいいます。

ゴミベルトに宿る生命?

このように人類にとって「百害あって一利なし」と言えそうな太平洋ゴミベルトですが、そこに宿る奇妙な現象も明らかになっています。

科学者らは、小さなカニやイソギンチャクなど海岸で暮らす生き物が豊かな群集を形成しながら本来の生息地から数千キロ離れた海洋で生息している実態を突き止めました。

2023年に発表された論文のなかで、研究チームは海岸に生息する無脊椎動物数十種について、海洋に長年浮かんだプラスチックごみの上で生存、繁殖する機会を得ていることを明らかにしました。

生態系を形成するこれらの種は、通常なら外洋では生きていけない生き物たちです。有機物の場合は長くても数年で分解され沈んでしまうからです。これに対し、プラスチックは海上に浮かんでいる期間が格段に長いため、プラスチックに付着することで数年に渡って海上で生存し、繁殖する機会を手に入れているのだといいます。
こうした生物の発見率は高く、じつに研究対象としたプラスチックごみの7割で見つかったともいいます。

実際、研究者は一部のイソギンチャクが外洋に住む種を餌にしている証拠もつかんでいるとしています。さらに他の群集による種の捕食関係が存在することも分かっているといいます。

種の繁殖そして他の種との捕食関係。規模はさておき、これはじゅうぶんに「生態系」の芽生えと呼んでいいと筆者は考えます。もっと言えば「漂流型の生態系」とも呼べる全く新しいものでもあるでしょう。
なぜこのような現象が起きているのかは解明されていませんが、今後、研究者をさらに驚かせるゴミベルト上の生態系が発見されるかもしれません。

わたしたちにとっての「生態系」とは

このような新しい生態系の形成は、ひとえに動物が持つ適応力の凄まじい高さによるものだと考えます。人間など遥かに超えた生命力、繁殖への執着です。

わたしたちが「生態系」というとき、人類を頂点とした食物連鎖をさす、あるいは直接的・間接的に人類に何かを利する生物の営みのことを表現しがちです。
しかし人類は奇妙なことに、自ら作ったものに自ら苦しんでいます。何をやめれば良いかも分かっているのに、それを止めることもしません。さらに対策に副作用があるにもかかわらずその現実に蓋をして、表向きで済ませているだけです。言語や書面というのは、やっかいな文明でもあるものです。

後からやってきた人類という存在によって勝手に変えられてしまった環境、自分に預かり知らない変化があっても生き抜かなければならない動物たちが、変化した環境に適応し、むしろ利用すらしてしまう。
こうした力が、果たしてわたしたちに存在するでしょうか?

清水 沙矢香(しみず さやか)
2002年京都大学理学部卒業後TBSに入社、主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として国内外の各種市場、産業など幅広く担当し、アジア、欧米でも取材活動にあたる。その後人材開発などにも携わりフリー。取材経験や各種統計の分析を元に各種メディア、経済誌・専門紙に寄稿。
趣味はサックス演奏と野球観戦。