「地球は青かった」という、宇宙飛行士ガガーリンの言葉にもあるように、地球は水にあふれた惑星です。
そんな「水の惑星」地球では今、半導体需要の高まりもあり、水資源への関心が高まっています。
そして、水資源との関わりが深いのが化学産業です。
化学製品の原料や製造工程、設備の冷却、製品や容器の洗浄など、さまざまな用途で水が利用されています。
一方で、イオン交換やろ過処理などによって「水をきれいにする技術」もまた、化学の領域です。
半導体製造に欠かせない超純水をはじめ、用途に応じて水質を整える水処理にも、化学メーカーの技術が活かされています。
水を使い、水をきれいにし、ときには限りなく純粋な状態まで高める、「水」と「化学」は、切っても切れない関係にあるのです。
化学の現場で問われる「水の純度」とは
当たり前に存在しているように感じる水ですが、実はその正体は謎に包まれており、現在でも水の性質は完全には解明されていません。
たとえば、水は約4℃で密度が最大になるほか、分子量が近い物質と比べて融点が高いなど他の液体にはない特別な性質を持っています。
水は、ありふれた物質ではありません。
特別な液体であるからこそ、化学産業において重要な役割を担ってるのです。
そして、ひとくちに水といっても、その純度はさまざまです。
たとえば、「川の水をそのまま飲める?」と問われたら、多くの人は「NO」と答えるでしょう。
一方で、日本に住んでいれば、水道水を飲むことに抵抗を感じる人はそれほど多くないかもしれません。
水道水は一見透明で、何も混ざっていないように見えます。
しかし、実際にはカルシウムやマグネシウムなどの、さまざまな物質が溶け込んでいます。
水に何が含まれているかは、その水を「何に使うか」によって意味が変わるのです。
化学の世界では、浄水場で処理された水道水であっても「純粋な水」とはいえません。
化学分析をおこなうときや、ビーカーなどの実験器具を洗浄するときに、水道水に含まれるわずかな不純物が分析結果に影響を与えたり、器具に残ったりする可能性があります。
そのため、化学の現場では用途に応じて、「純水」や「超純水」といった、より純度の高い水が使われています。
水の純度を測る指標の一つが、電気の通しやすさを表す電気伝導率で、電解質などの不純物が少ないほど低くなり、純水や超純水の純度を判断する目安にもなります。
こうした指標をもとに、「純水」や「超純水」といった水の純度による違いが生まれます。
50メートルプールに水道水がなみなみに入っていると想定すると、水に含まれる不純物はドラム缶数本分と言われます。
それが純水になると不純物は角砂糖1個分、さらに超純水ではわずか耳かきひとさじ分ほどになるとされています。
不純物が除去されている分、純水や超純水は水を溶かす力が強いとも言えます。
つまり、「人間に害がなくおいしく飲める水」と「化学的に純度の高い水」は、同じ「きれいな水」でも意味が違うのです。
ちなみに、純水や超純水はミネラル成分などをほとんど含まないため、私たちが普段飲んでいる水とは違い、おいしいとは感じにくいそうです。
さらに、大量に飲むと歯のカルシウムを溶かす可能性もあり、そもそも飲用には適していません。
「半導体産業の血液」である超純水と水資源の課題
近年、AIの急速な普及に伴って、半導体製造に欠かせない超純水の需要が高まっています。
半導体製造では、洗浄が製造工程の3割以上を占めていますが、ここで使用されるのが不純物を極限まで除去した超純水です。
もし、洗浄に使われる水に、不純物が含まれていれば、回路に付着してショートなどの不具合を引き起こす可能性があるためです。
半導体製造には、大量の水が必要で、8インチのシリコンウエハー1枚を製造するために、最大7,500リットルもの水が使われます。
そして、なんとその約3分の2が超純水だとされています。
半導体産業の急速な拡大によって、水資源の重要性が改めて注目されるようになりました。
その象徴ともいえるのが、熊本県です。
近年、熊本県は、台湾のTSMCをはじめとする半導体メーカーの進出によって、「シリコンアイランド」として存在感を強めています。
熊本県に半導体工場が続々と進出している理由の一つが、豊富で高品質な地下水です。
熊本市を中心とする都市圏は世界的にも珍しい「地下水都市」であり、水道水のほぼ100%が地下水で賄われています。
その豊富な水資源によって、これまでも食品加工業や飲料産業などを支えてきました。
一方で、半導体工場の進出が進めば、水の利用量も当然増えていきます。
TSMC熊本第1工場では年間310万トンの地下水を使用しており、第2工場の稼働時には年間約800万トンに増える見通しです。
こうした状況を背景に、地下水や周辺環境を守りながらどのように産業の成長につなげていくのか、持続可能な地下水利用に注目が集まっています。
超純水を製造するための化学の技術とは
では、純水や超純水は、どのように製造されるのでしょうか。
純水の製造装置が製品化されたのは1950年代にさかのぼり、当時は大量のイオン交換樹脂を用いていました。
その後、半導体の精密洗浄に対応するため、イオンだけでなく微粒子や有機物まで取り除く水処理技術が発展しました。
1970年代には、従来の「純水」よりさらに高純度な「超純水」という言葉が使われるようになり、超純水製造装置は高性能化し、急速に普及しました。
こうした超純水製造の技術は、半導体だけでなく、化学分析やバイオ分野など、幅広い研究・産業分野で活用されています。
純水の製造装置が登場した1950年代から現在に至るまで、純水や超純水の製造に使われ続けているのが、イオン交換樹脂を使用した「イオン交換」の仕組みです。
水中には、プラスに帯電したナトリウムなどのプラスイオンと、マイナスに帯電した塩素などのマイナスイオンが混在しています。
たとえば塩水を処理する場合、プラスのイオンを吸着する陽イオン交換樹脂(カチオン交換樹脂)がナトリウムイオンを、マイナスのイオンを吸着する陰イオン交換樹脂(アニオン交換樹脂)が塩化物イオンを取り除きます。
そして、それぞれの樹脂から放出された水素イオンと水酸化物イオンが結びついて、純水がつくられます。

出所)KURITA クリタの製品・サービスガイド「イオン交換とは?イオン交換樹脂の吸着と再生について」
https://kcr.kurita.co.jp/solutions/water-school/004.html
実は、このイオン交換の仕組みは、現代の水処理技術が開発されるよりはるか昔から、農業で利用されてきました。
古代ギリシャでは炭や草木灰などを土にまき、日本でも平安時代から肥料を使うなど、イオン交換の仕組みが解明される前から、土壌中で起こるイオン交換を利用していたと考えられています。
その後、こうした自然界の現象が化学的に解明され、イオン交換樹脂の開発へと発展し、現在では純水や超純水の製造にも活用されています。
現在では、超純水をつくる技術だけではなく、工場で使用した水を処理して再利用する技術も進化しています。
たとえば、半導体分野では、超純水の製造から排水の再利用、金属の回収までを含めた水のトータルソリューションが提供されています。
水を「きれいにする」化学の技術は、限りある水資源を循環させ、持続可能に利用するためにも活用されているのです。
求められているのは持続可能な水利用
AIや半導体産業の発展によって、今後ますます水の需要が高まることが予想されます。
だからこそ、限りある水資源を守りながら、産業に必要な水を安定して確保していくことが重要です。
化学産業では、河川や湖、ダムなどの地表水や地下水への直接依存度が70%に達するというデータもあります。
水と深い関わりを持つ化学産業においても、持続可能な水利用は避けては通れない課題といえるでしょう。
水を必要とする産業だからこそ、水資源を守るために化学の力でできることを考えていく必要があるのかもしれません。


