「塩対応」ってどういう状態?
推しに会えた、話しかけてもらえるかも! ……かと思いきや、返ってきたのは無表情の会釈ひとつ。
握手会やイベントでアイドルや芸能人がファンに素っ気なくふるまう、あれを「塩対応」と呼びます。
厄介なことに、これはこれで需要があります。塩対応そのものが「ご褒美」として成立してしまうこともある、この倒錯こそが「推し」という文化の奥深さなのでしょう。
ところで、なぜ「塩」なのでしょうか。冷たい態度なら「氷対応」でも、素っ気なさなら「無味対応」でもいいはずです。
塩……つまり塩化ナトリウムが選ばれた理由は、実はかなり遠いところにあります。
「塩対応」という概念が成立するまで
塩対応の起源をたどると、なんと日本神話まで遡ります。もとにあるのは国生みの神、イザナギ・イザナミ夫婦の物語です。
イザナギは、火の神カグツチを産んで亡くなった妻を追って黄泉の国へ向かいました。しかし変わり果てた妻の姿を見て逃げ帰ります。その後、黄泉の穢れを落とすために海へ入って身を清めました。これが世に言う「禊(みそぎ)」です。
この故事をもとに、日本では海水……ひいては塩が、穢れを祓い、場を清めるものとして扱われてきました(もちろん、防腐剤としての効能もあったでしょう)。
現在、「清めの塩」でもっとも身近なものは、力士の土俵入りでしょう。相撲で力士が塩を撒くのは、神聖な土俵を清めるためとされます。
しかしいつからか、負け相撲や実力不足の力士などが「しょっぱい」と表現されるようになります。塩が撒かれた土俵に倒れ、すっかりしおれた負け力士……その「情けなさ」は、角界の隠語から始まりました。
1990年代、相撲からプロレスへ転じた元力士たちを介して、つまらない試合を「しょっぱい試合」、精彩を欠く選手を「塩レスラー」と呼ぶ文化が根づきました。このニュアンスがプロレス界の有名人やプロレス好きの芸能人から社会へ浸透し、「しょっぱい=つまらない、味気ない」が広く通じるようになります。その後、2014年に島崎遥香さんの「塩対応」が話題になり、その年の新語・流行語にノミネートされます。そして現在はご存じの通り、「素っ気ないこと」を示す、ごく一般的な表現になっています。
神話と推し活をつなぐNaCl
NaClはご存じの通り、原子番号11と17が1対1で手を結んだだけの、シンプルな化合物です。わたしたちが生きるために必要な、ごく根源的な成分でもあり、身近な存在でもある。それが、宗教的な存在にも、貶し言葉にも、推しの魅力を語る言葉にもなっています。
ところで、「アイドル」の語源は、ギリシャ語やラテン語で「偶像」を示す言葉です。本来は崇拝の対象、拝むべき像を指す言葉でした。その偶像が、ファンに向かって塩対応をする。崇拝者に塩を撒く。こうして眺めると、私たちは推しという名の現代の偶像に会いに行き、聖なる塩を浴びせられて帰ってきている、とも言えるわけです。
穢れを祓うために海水を浴びたイザナギの禊に、ぐるりと一周して戻ってきた気さえします。ついでに言うと、塩対応の対義語が「神対応」になっているのも面白いですね。
推しからの塩対応は、きっと禊です。あなたは神聖なる禊を受けたのです。……と、この程度で受け流せるくらいが、健やかな推し活の塩梅ではないかと思います。塩だけに。


