日本初の女性首相が誕生した2025年、政界における「ガラスの天井」が破られた歴史的な出来事として、国内外から大きな注目を集めました。
歴史を振り返れば、どんな時代にも、まだ道のない場所に一歩踏み出し、新たな道を切り拓いてきた女性たちがいます。
その一人が、日本初の女性化学者として知られる黒田チカです。
黒田は、紫根や紅花などの天然色素を研究し、日本の天然物化学の発展に大きく貢献しました。
日本では、理工系に進む女性が少ないことが課題となっています。
そんななか、化学は理工系の他分野と比べて、女性の割合が比較的高い分野です。
ここには、どんな理由が隠されているのでしょうか。
黒田チカの歩みと天然色素研究をひもときながら、化学という学問の魅力と、化学を学ぶ女性が多い背景について考えていきます。
まるで朝ドラの主人公?「日本初の女性化学者」黒田チカ
日本初の女性弁護士・裁判官をモデルにした「虎に翼」や、看護の黎明期を描く「風、薫る」など、NHKの朝ドラは、時代の先駆者となった女性たちが主人公になってきました。
そんな朝ドラの主人公にふさわしいのではないかと、私が考えているのが、日本初の女性化学者である黒田チカです。
1884(明治17)年、当時科学技術の最先端の地であった佐賀に生まれた黒田チカは、「新しい時代には学問が必要だろう」という父親の考えもあり、佐賀師範学校女子部へ進みます。
その後、東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)の理科(理系過程)に進み、実験を通じて化学に魅せられます。
卒業後は、新設された福井師範学校女子部で教員として勤務した後、母校の東京女高師の研究科に進み、さらに化学を学びました。
そして、黒田の人生を大きく動かす出会いが訪れます。
東京女高師に講義に来ていた東京帝国大学教授・長井長義の演示実験(生徒の前で実演する実験)の準備を担当したことをきっかけに、長井の勧めで東北帝国大学理科大学を受験し、合格を果たします。
当時、女性が大学で学ぶことは決して当たり前ではありませんでした。
帝国大学は、原則として男子校である旧制高等学校を卒業していることが入学資格であったため、女性はそもそも帝国大学を受験することすらできませんでした。
そんな時代に、東北帝国大学は新しい大学として存在感を高めるため、旧制高等学校の卒業生以外にも門戸を開く方針を掲げていました。
この「門戸開放」は女性にも広がり、3人の女性が日本で初めて大学へ入学することになります。
当時29歳だった黒田は、その一人でした。
こうして黒田は、女性が大学で学ぶことさえ難しかった時代に、化学を学ぶ道を切り拓いていったのです。
黒田チカが生涯かけて挑んだ天然色素研究とは
黒田チカが生涯を通じて取り組んだのが、有機化学のなかでも、植物などの自然界に存在する天然色素の研究です。
東北帝国大学では眞島利行教授のもとで有機化学を学び、紫根に含まれる色素の研究に取り組みました。
研究成果を東京化学学会で発表した際は、女性理学士として初の研究発表ということで、新聞記者や野次馬が押し寄せるなど、大きな騒ぎになったそうです。
大学卒業後は、オックスフォード大学への留学を経て、理化学研究所で紅花の色素の研究に取り組みます。
そして、その成果をまとめた学位論文によって、日本で2人目、化学分野では初となる女性理学博士となりました。
その後もツユクサ、ナス、シソなどの天然色素を研究し、戦時中の物資不足を背景に着手したタマネギの外皮の研究では、色素ケルセチンに血圧降下作用があることを発見しました。
この研究成果をもとに、高血圧症の治療薬「ケルチンC」が後に製品化されています。
では、黒田が生涯をかけて向き合った「天然色素」とは、どのようなものなのでしょうか。
植物などに含まれる天然色素は、色をもつ有機化合物であり、その分子構造によって光の吸収や反射の仕方が異なります。
その構造の違いが、目に見える「色」を生み出し、私たちの暮らしを支えています。
たとえば紅花は、古くから口紅や食用色素、漢方薬などに利用され、人々の生活や文化と深く関わってきました。
天然色素の研究は、現在も続いています。
2021年、東北大学の研究チームは、紅花の赤色色素である「カルタミン」の生成に関わる酵素の遺伝子を特定しました。
カルタミンがどのように生成されているのか、その仕組みを解明することで、将来的には代替生物を利用してカルタミンを自在に合成できる可能性があります。
カルタミンは、古代エジプト時代から4500年以上にわたって、人類に利用されてきました。
しかし、その色素が植物の中でどのようにつくられるのかは長年謎に包まれており、その仕組みを明らかにすることは、色素化学の研究者たちの悲願でもあったのです。
黒田チカも取り組んだ紅花の天然色素の構造研究は、100年の時を経て、色素が生み出される仕組みを解明する研究へとつながっています。
化学分野に女性が集まりやすい理由を考える
日本では理工系分野に進む女子学生は少ないものの、化学に限ってみると、生物に次いで女子の割合が高いというデータもあります。

出所)RIKEJO CAFE「【数字で見る理系女子】学部学科別理系女子学生の人数」
https://rikejocafe.jp/blog/775
ではなぜ、化学科に女子学生が集まりやすい傾向があるのでしょうか。
理由の一つとして考えられるのが、化学が物理や数学などと比べて、私たちの暮らしと結びつきやすい学問であることです。
食品や化粧品、衣類など、身の回りには化学によって生み出されたものが数多くあります。
一方で、これだけを理由にするのは、少し慎重になる必要があるかもしれません。
「女性だから化粧品や食品に興味を持つ」という考え方は、ジェンダーステレオタイプの一つだからです。
そもそも、日本で女子学生が理工系分野を選ぶ割合が低い背景にも、「男性のほうが数学の能力が高い」といった思い込みが関係していると指摘されています。
黒田チカも、化学の実験に魅せられたことをきっかけに、その道を志しました。
化学に惹かれる理由は、性別によって一括りにできるものではなく、人それぞれでしょう。
そこで私が、一つの仮説として考えてみたいのが、身近なロールモデルの存在と、女性が化学を学び、研究を続けやすい環境です。
進路選択において、母親や姉、親しくしている女性の先輩などの姿を参考にすることは珍しくありません。
女性の割合が比較的高い分野ほど、身近なロールモデルが増え、研究を続けやすい環境が整うことで、進路選択のハードルも下がるのではないでしょうか。
そして、黒田チカもまた、女性が研究を続けるための環境を築いた一人でした。
黒田は、研究者として活躍するだけでなく、東京女子高等師範学校で30年以上にわたって教授を務め、後進の指導・育成にあたりました。
日本婦人科学者の会(現・日本女性科学者の会)の設立にも携わっています。
理研では、黒田とともに天然色素の研究に取り組んだ、後輩の女性科学者たちもいました。
東京女高師の卒業生だった彼女らは、無給で研究を続ける覚悟をしていましたが、黒田と恩師の眞島利行の計らいで、給与を得ながら研究を続けることができたそうです。
険しい道を切り開いた先駆者は、次の世代の女性に「自分もこの道を歩める」という可能性を示します。
そして、その背中を追った女性が、今度は次の世代のロールモデルになっていきます。
明確なデータはありませんが、もしかすると、化学分野においては、こうした世代を超えたロールモデルの循環が機能しているのかもしれません。
「ものに親しむ」から始まる化学の魅力
「化学は物質を対象としているから物質に親しまなければならない」
黒田チカは、恩師である長井長義博士から贈られたこの言葉を終生大切にし、心の支えにしていたといいます。
化学は、私たちの身の回りにある「もの」を入り口に、その性質や仕組みを探究する学問です。
黒田チカが天然色素の研究を通じて示したように、物質の構造を明らかにすることは、新たな発見や社会に役立つ成果にもつながります。
その探究の面白さ、奥深さこそ、時代や性別を超えて人を惹きつける化学の魅力なのかもしれません。


