音楽、絵画、彫刻……いわゆる「芸術家」と呼ばれる中には、研究者としての顔を持つひとたちがいます。また、芸術家と研究者がごく親しい友人関係にあった、という記録も少なくありません。
今回はそんな中から、作曲家にして研究者でもあった、ジョン・ケージを紹介します。
20世紀を代表する名曲「4分33秒」
1952年8月、ニューヨーク州のある会場で、ピアニストのデヴィッド・チュードアが舞台に現れ、ピアノの前に座りました。彼はピアノに向き合って……蓋を閉じます。そして時間を計り、楽章の区切りで蓋を開閉して、4分33秒後に立ち上がって一礼しました。ジョン・ケージ作曲「4分33秒」の初演です。
演奏時間は、合計273秒間。楽譜に音符はありません。初演の後、「無音の曲」として賛否を呼びました。
ただし、ケージ自身はこの曲を「無音ではない」と語っています。では何の曲なのか。それを考えるには、作曲の前年に彼が入った、ある部屋の話から始めるのがよさそうです。
無響室での体験、反商業、白だけの絵、……絶対零度?
1951年、ケージはハーバード大学の「無響室」を訪れました。無響室は、室内の壁や天井などの全面をくさび型の吸音材で覆って、音の反射を極限まで抑えた部屋。スピーカーの特性評価や騒音試験のために使う、測定用の実験設備です。
無音を体験するつもりでこの部屋に入ったケージは、「自分が生きていること」に由来する音を聞きました。どんな環境でも、人間の耳が聴く限り、観測者自身が音源として残ってしまう。その経験から彼は、「人間が完全な無音を聴くことは不可能だ」と確信します。
この逸話は、4分33秒の「起源」として広く知られています。
では「無響室の体験が4分33秒を生んだ」のか? と考えると、それだけでもなさそうです。
ケージは1948年(無響室より前)に、大学の講演で「沈黙の曲」の構想を語っています。芸術が商業化されることへの皮肉として、「沈黙の曲を音楽配信会社に売る」というアイデアを持っていたようです。
さらにケージは長年、4分33秒を「ロバート・ラウシェンバーグの『ホワイト・ペインティング』(1951年)に触発された」とも語っていました。これは白一色の連作絵画で、「白だけの絵が絵として成立するなら、音符のない曲も曲として成立するはずだ」と考えていた様子があります。
また、「4分33秒は273秒。摂氏マイナス273℃は分子すら止まる、絶対零度の無音の音楽」という説も有名です。あまりにも美しい符合ですが、偶然の一致による後付けと考えられています。この曲は、空調、雨音、せき込み……そんなバックグラウンドノイズを273秒のあいだ「聴く」もの。演奏のたびに聴こえる音は変わり、決して「絶対零度の無音」にはなりません。
そして、キノコにすごく詳しかった
芸術家と研究者の両側面を持ち、科学的・偶発的・実験的な思想を音楽に取り入れ続けたジョン・ケージ。「仮説を立て、条件を統制し、結果をコントロールしない」……科学的アプローチで、芸術を人間のエゴから解放しようと模索しました。
そんな彼は、キノコの研究家でもありました。「ニューヨーク菌類学会」の設立に関わり、キノコの同定を教えています。
「キノコに熱中することで、音楽についてより多くを学べる」とも語ったそうです。
無響室はともかく、キノコと音楽がどうつながったのか。彼の曲を聴いてみれば、何かが分かるかもしれません。


