環境規制は誰のため? 環境調査は誰のため?

コラム

 環境規制は私達の健康、また環境保護のために必要なものだということに何ら反対意見を持つものではない。それではB to B間で行われている環境調査は誰のためにやっているのだろうか?

環境調査に翻弄されて

 カドミウムという化学物質名を初めて耳にしたのは、富山県神通川流域のイタイイタイ病による公害問題だったと記憶している。ただ、それは遠い場所で起きた事件で身近な問題として認識していなかった。

 2003年に耐熱樹脂用の着色剤を製造する外資メーカーに転職して、自分自身が扱う商品に環境問題が大きく関わってきた。それは、ちょうどオランダで日本メーカーのゲーム機からカドミウムが検出されたというショッキングな事件の後で、日本の電機・電子業界が“重金属フリー”、“カドミと鉛フリー”に奔走し始めた時期でもあった。

 そのゲーム機メーカーは自社のGreen調達基準を定めた規格を制定し、すべてのSupplierにその規格に合格することを求め、その川上のSupplierに対しても同様のことを求めた。それは間接的Supplierであった勤務先の外資メーカーも例外ではなく、当時主工場であったヨーロッパの工場にも、そのメーカーの監査が入った。

 当時EUの立法機関である欧州議会、欧州理事会が制定したROHSではカドミウム含有関値は100ppmであったが、そのメーカーは5ppm以下を要求していた。他社の話ではあるが、5.7ppmの検出で製品が返品になったとの話を聞いた。

 一企業が欧州の立法機関が制定した含有許容規格よりはるかに厳しい規格を要求することには当時から疑問を感じていた。カドミウムを主原料とする顔料の使用は禁止すべきであるが、1ppm以下の含有超過を問題視することが環境規制の本質だったのだろうか。

 我々の客先の川下製品にカドミウムが検出されると、大変な騒ぎであった。関係Supplierすべてに対し、関係ロットの見直しと書類の提出が求められ、まるで犯人捜しの様相であったと記憶している。さらにカドミウムと鉛については第三者機関の含有分析結果を求められた時期もあった。それも全てSupplier側の費用負担である。

 その後、ハロゲンフリー要求が業界を吹荒れた。塩素や臭素の燃焼時に生じる有害ガスの懸念は理解できるが、それをハロゲンフリーと表現して、同じくハロゲン族に属するフッ素樹脂を使用しながら、ハロゲンフリーを要求する客先の不勉強さに呆れてしまった。ハロゲンフリーを標榜したい最終製品メーカーはそのSupplierに対し、“ハロゲンフリーの材料を見つけてこい。 性能はKEEPしろ。 色を変えるな。” と気楽に要求を突き付けてくる。

 その要求を受ける川中企業は大変である。高い安全性を求められるからその材料が使用されたはずであるのに、そんなことはお構いなしの要求である。懸念は2成分だけであるのに、ハロゲンという総称でプロパガンダに使う最終セットメーカーの勝手な行動に嫌気がさした。

chemSHERPA(ケムシェルパ)の登場、そしてCMP

 そして登場したのがchemSHERPAである。chemSHERPAは経済産業省主導で2015年10月にリリースされたデーター作成支援、伝達ツールの名称だが、運営するJUMP(Joint Article Management Promotion-consortium)はchemSHERPAの活用を促すものの海外での認知度は低く、英語版や中国語版をダウンロードできるとしても日本のセットメーカーの勝手な押し付け感を強く感じる。今や電気・電子業界での日本メーカーの優位性など無いと思われるが、業界としてはまだ”世界は自分の言うことに従うべき“だと思っておられるのだろうか。

 chemSHERPAの問題点としてまず、化審法やREACHといった法律や管理官公庁の規格とIEC(国際電気標準会議)、GADSL(自動車業界の製品含化学物質リスト)、MDR(EU医療機器規則)といった特定分野や業界の規格が混在していることを挙げたい。自動車分野や医療用には使用されない物品についてもGADSLやMDRへの調査を求められるのは如何なものかと感じる。そしてこれらの規格において禁止物質が重複していることも多い。

 2025年から試験運用が始まったCMP(Chemical and Circular Management Platform)は どのようなものなのだろうか。

 2025年1月のタスクフォースメンバーリストに載っている会社は、川上・川中、川下すべて大手企業ばかりである。人材も資金力も豊富で、環境に配慮しているということをPRすることに意義を見出される大企業は良いとして、環境調査の作業量負担に悲鳴を上げている中小企業にとっては作業量の軽減には結び付きそうもない。

紛争鉱物規制は環境規制?

 紛争鉱物と呼ばれる物質がある。通称3TG、錫(TIN)、タンタル(Tantalum)、タングステン(Tungsten)、金(Gold)の4物質である。これは米国のRMI(Responsible Minerals Initiative)発行のCMRTと呼ばれるテンプレートでの報告が求められている。

 紛争鉱物はもともとコンゴ民主共和国及びその周辺の紛争地域での採掘利益が武装勢力の資金源になって、それが紛争を助長し、人権侵害に繋がっていることへの懸念から、サプライチェーン上の3TGの由来調査を目的としたものであった。根拠となっているのは米国のフランクドット法、EUにおける紛争鉱物規則、OECDのDue Diligence 指針である。これは環境調査ではなく、サプライチェーンの倫理性の調査だと思うのであるが、如何だろうか。

 紛争鉱物に続いて、拡大紛争鉱物(Extended Minerals )と呼ばれる物質調査が出現した。当初コバルトと雲母が対象で、児童労働や強制労働への反対が背景にあったと理解している。最近はコバルト・雲母に加え、ニッケル・リチウム・黒鉛・銅が対象となり、6品目の調査を求められる。ただ、拡大紛争鉱物は法的根拠に乏しく、筆者の取引先の外国企業は調査には応じないとの見解である。

 拡大紛争鉱物に続き、AMRT (Additional Minerals Reporting Template) と呼ばれるものが登場し、客先がそこにいろいろ追加して調査の依頼が舞い込む。

 CMFT, EMRT,  AMRTこれらのTemplateは精錬所までさかのぼる仕様となっており、精錬所までさかのぼっての調査はこれらの成分を単体で直接購入するのでなければ不可能だと思われる。

 各企業がそれぞれ高い倫理観を持って企業活動を行うことは当然である。そして各企業は自社の身の丈に合った管理方法を執るべきであろう。環境調査と同じレベルでSupplierに依頼することは理解に苦しむ。また、このような調査でその企業の倫理性を判断できるとは思えない。そもそもSupplierに大きなWork Loadを伴う調査を丸投げしている会社が高い倫理観をもっていると言えるのであろうか?紛争鉱物調査を環境調査の一つと捉えるには無理があると感じる。

 SDGsという大きな目的の為には、環境規制も紛争鉱物規制も必要であろう。同時に調査を依頼してくる客先が調査のバックグラウンドや根拠となる法律や規制を理解していないように感じることもフラストレーションを助長する。

PFAS規制

 PFASというのは炭素とフッ素の結合をもつ有機物の総称であり、1万を超える物質が含まれると言われている。その中で健康被害など危険性が高く、すでに規制されている物質は4品目である。水質汚染などで報道に登場するPFOA・PFOSは規制物質である。なぜ報道機関は問題となっている物質そのものではなく、PFAS全体を悪者にする報道をするのか理解に苦しむ。

 PFASの中には我々の生活に不可欠な物が多くある。非粘着の炊事用具、アイロン、その他多くの家電の耐熱が必要な部分、自動車、スマホ、PC、半導体などPFASに分類されるフッ素樹脂なしには機能しない機器が多くある。個人的には非粘着のフライパンは無くても我慢できるが、バックモニターのない車は運転したくない。

 そして、どうしてフッ素樹脂が使用されてきたかを考えると、消費者の安全を考慮し、耐熱性、難燃性の向上、軽量化等を実現するために採用されてきたという経緯がある。決してPFASが最初から悪者であったわけではない。PFASに属する材料しかそれらの要求を満たすことが出来なかったから採用され、使用されてきたものである。それを考えた時に、PFASに関する報道にはPFASを悪者扱いするのではなく、消費者を啓発する配慮があってしかるべきと考える。

 ECHAではリスク分析(RAC)と社会経済性分析(SEAC)の結果、本年3月に制限案が提示された。RACの分析結果はすべてのPFASの製造・市場投入・使用即時停止が提言されている。そんなことになると、我々の生活は1950年代頃まで戻ることになりかねず、少なくともPCもスマホもない生活が待っている。

 科学技術の発展に人間のコントロールが追いついていないのかもしれない。PFASが報道を賑わすことが多いが、地球の自然を守り、我々の健康を守るために何が必要で何を優先するべきなのか、PFASを規制すれば解決する事態ではないと感じている。

 PFAS規制の問題はどこかの地方でPFOAが検出された、という問題ではなく、私たち一人ひとりの生活に直結した問題であることを提起したい。

100%成分開示は必要か。

 最近100%の成分開示を求められることが増えた。海外の税関も100%開示要求する国がある。環境負荷物質等開示が義務図けられている成分を開示することは当然であるが、法律やRegulationで開示が義務付けられていない物質までなぜ開示させようとするのだろうか。

 この問題には二つの面があると思う。

 先ず、100%開示された化学物質を要求した客先はそのデーターを何に使おうとしているのだろうか。それぞれの企業で再度検索にかけて、確かに環境負荷物質を含んでいないことを再確認しているのだろうか。

 一方、化学業界、樹脂業界にはコンパウンダーという混ぜる機能を持った業種が存在する。彼らにとっては、何を混ぜているか、何を使用しているかは最高機密である。開示が義務付けられていない最高機密を開示して、それと同等の物が作られて、業績に悪影響が出た場合の責任は誰がとるのだろう?開示のすべてに際し、秘密保持契約を結ぶのは現実的とは思えない。

環境調査におけるフラストレーションの根源は何処にあるのか。

 先ず依頼元の不勉強が気になる。客先からの依頼を丸投げしてくるケースが多い。調査依頼の背景についての当方の質問に対する回答は“客先からの要求”のみ。それで調査をする日本のサプライチェーンは何も感じないのだろうか。私も丸投げの仲間入りをすれば、環境調査の理不尽さを感じることがないのかもしれないが、外国企業への依頼であるのでそうもいかない。また、丸投げが横行しているような調査に意味があるのだろうか。

 社内で管理・整理することなく、別々の客先からの依頼をバラバラと重複してようがお構い無しに依頼してくる客先の要求には、とても疲れる。

 次に気になるのは、各企業の独自のグリーン調達基準とchemSHERPAの重複である。独自にグリーン調達基準を定めるのであれば、それがchecmSHERPA記載の各Regulationをカバーするものとして、chemSHERPAとの重複調査依頼は避けるべきではないか。もしくはchemSHERPAではCoverされていない成分のみの調査依頼としてほしい。

 最近、5年以上購入のない製品についての調査依頼を受けた。客先の客先では使用中ということが理由であるが、いつまで続けるのだろうか。

 刻々と更新される規制、販売時の規制とは異なる可能性がある。最終客先では、購入時に制限されていなかったが、現在禁止されている成分の含有が認められた時にはどのように対応するのだろうか。その成分が使用された最終製品を発表して、回収するのだろか。それをしないのであれば、現在購入していない原料の調査は不要ではないか。

環境調査の今後に求めること

 環境規制は必要で、それは最終的に消費者に還元されると信じている。
環境調査は誰のためなのだろう。消費者のためになっているとは信じ難い。最終依頼元は調査をしなければ、Supplierが環境規制を守っていると信じられないのだろうか。

 環境規制は順守すべきであるが、あの膨大で複雑な化学式表示の物資の含有有無を一つひとつ確認する必要があるのだろうか。一部環境調査を有料化する動きもあるようであるが、現在はすべてSupplierの無料奉仕である。化学物質を製造していない物理的な加工しかしていない川中企業やそこに連なる商社も含めると膨大な数の会社と人間がこの調査に携わっている。

 乱暴な発想だが、環境負荷物質を製造している川上企業と最終製品を製造しているセットメーカー間のみで完結できないものだろうか、などと考えてしまう。

 取引先の外国企業から、日本はアジアでの販売額が10%に満たないのに、環境調査の依頼は80%を超えると言われたことがある。日本がやっていることは本当に必要で有効なのだろうか。最終セットメーカーの“自分は環境にやさしい企業です”という企業イメージアップや自己防衛のために行われてはいないだろうか。 

 環境規制が必要であるということに異論はないが、B toB間で行われている環境調査の必要性の検証と簡素化を考えてほしいと切に望むものである。

化学の外野席カズノミヤ
フッ素樹脂を愛し続けて40年。大手総合商社でフッ素樹脂をはじめエンプラ、汎用樹脂などを担当。現在は小さな商社でアドバイザーとしてフッ素樹脂関連製品の販売に関与している。