スーパーの棚を眺めていると、やさしい色合いのパッケージが目に入ります。
「無添加」「自然派」「素材のちから」
なるべく体に負担をかけないものを選びたい、という気持ちはよくわかります。私も、わが家の食卓に並ぶものを選ぶときには、やはりそういう言葉に手が伸びます。
けれども、化学や食品に携わってきた方なら、ここで小さく引っかかるのではないでしょうか。
その「自然」は、いったい何を指しているのか。
そのモヤモヤは、個人的な好みの話ではありません。実は、行政もまったく同じところで引っかかっていました。
「天然の添加物」は、ちゃんと存在する
食品添加物は、法律上4つに分類されています。
国が安全性を評価して指定した「指定添加物」が476品目。そして、日本で古くから使われてきた、いわゆる天然添加物にあたる「既存添加物」が327品目あります(いずれも令和7年8月25日現在)。残る2つは「天然香料」と「一般飲食物添加物」です。
つまり、添加物という枠の中には、植物や海藻からとられてきたものが大量に含まれています。
「添加物=人工的なもの」という前提は、ここで崩れます。
さらに言えば、分子は自分の出身地にこだわるわけではありません。
ビタミンC(アスコルビン酸)は、果実から抽出しても工業的に合成しても、まったく同じ化学構造をとり、体の中でまったく同じようにふるまいます。
うま味調味料のグルタミン酸も同じです。昆布のうま味の正体であるアミノ酸と、同一の物質です。
ちなみに「化学調味料」という呼び方は、業界側が「うま味調味料」へと言い換えてきた経緯があります。それでもパッケージには、いまなお「化学調味料無添加」の文字が残り続けています。
「自然だから安全」も、成り立たない
もうひとつのモヤりは、「自然」と「安全」が同じ意味で使われてしまうことです。
自然界は、人間が食べやすいように設計されてはいません。
フグのテトロドトキシン、じゃがいもの芽のソラニン、カビがつくるアフラトキシン。いずれも天然由来で、いずれも強い毒性を持ちます。
一方で食品添加物には、使ってよい量の設計があります。
一般に、動物実験で有害な影響が見られなかった量(無毒性量)を、さらに100で割った値が、一日摂取許容量(ADI:毎日一生食べ続けても健康への影響がないとされる量)として設定されます。
安全が確認できた線から、さらに余裕を持って製造する考え方です。
そして、保存料を抜いても食品は日持ちしません。
日持ちしなければ、食中毒のリスクも、廃棄される食品の量も増えます。
無添加であることは、無条件の善ではないのです。
消費者庁も、同じところでモヤっていた
2022年3月30日、消費者庁は「食品添加物の不使用表示に関するガイドライン」を公表しました。
問題になりやすい不使用表示を10の類型に整理したもので、たとえば類型1は「単なる『無添加』の表示」。何を添加していないのかが書かれていない表示です。
類型4は「同一機能・類似機能を持つ食品添加物を使用した食品への表示」、類型6は「健康、安全と関連付ける表示」。「化学調味料無添加」のような、食品表示基準にない用語を使った表示は類型2にあたります。
消費者庁は、これらの表記について、2年程度(令和6年3月末)のうちに表示を見直すよう事業者に求めました。
つまり、棚の前で感じたあのモヤモヤは、行政が10項目に分解して言語化するほど大規模な問題だったということになります。
もっとも、「自然」という言葉そのものに法的な定義はありません。
であれば、その言葉の輪郭を少しずつ精密にしていく仕事は、物質を扱う側の人間にしか引き受けられないのかもしれません。
棚の前のやさしい言葉に、どんな分子が隠れているのか。それを説明できる言葉を持っているのは、案外、モヤっているあなたのほうなのです。


