人工石油は実現する? 次世代燃料が変えるエネルギー地政学

コラム

長期化が懸念されるイラン情勢は、遠い国の出来事でありながら、ガソリン価格の高騰や工場の稼働停止といった形で、私たちの生活にもじわりと影を落とし始めています。

さらに、その影響は原油からつくられるナフサやエチレンなどの不足も引き起こし、プラスチック製品を中心とした日用品の供給不足に波及することが懸念されています。

「石油がなくなるかもしれない」という不安は、エネルギー分野にとどまらず、私たちの暮らしや産業のあらゆる場面に広がりつつあります。

石油を「持たざる国」である日本は、これまでも国際情勢に翻弄され、そのたびにエネルギー危機に直面してきました。

その構造をひっくり返すかもしれない、そんな期待が高まっているのが、二酸化炭素と水素から製造する合成燃料、いわゆる「人工石油」です。

世界の火種となる石油という資源

一般的に産油国と聞くと、中東を思い浮かべるように、石油は特定の地域に偏在しています。
この「偏在性」こそが、石油が単なるエネルギー資源ではなく、国際情勢に影響を与える存在へと押し上げている要因の一つです。

この構造的なリスクが一気に表面化したのが、1970年代に大きな社会的混乱を引き起こしたオイルショックです。
石油の供給不足は物価上昇による景気低迷を招き、戦後の高度経済成長にブレーキをかけるきっかけとなりました。

また、オイルショックは日本のエネルギー政策を大きく転換させた出来事であるともいえます。
石油の備蓄や省エネの推進、エネルギー源の多様化など、オイルショックを教訓として、「石油依存からの脱却」を目指した取り組みが推進されるようになりました。

世間を震撼させたオイルショックから、すでに半世紀もの時が経ちました。
しかし、石油を取り巻く世界の状況が大きく変わったと言えるのでしょうか。

2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻では、資源大国であるロシアからの原油や天然ガスの供給が不安定になり、エネルギー価格が世界的に高騰しました。

そして現在でも、イラン情勢の悪化を背景にガソリンスタンドに行列ができたというニュースが報じられるなど、エネルギーをめぐる不安は解消されていません。
この夏の電気料金がどうなるのかと、不安に感じている方も少なくないのではないでしょうか。

石油は今もなお、紛争や対立の火種となりながら、私たちの生活に深く影響を与え続けています。

90年前に挑んだ「人造石油」 知られざる国家プロジェクト

近年では、「人工石油」を実現できるかもしれない、新たな燃料技術に注目が集まっています。
長い間、石油に振り回されてきた日本で、「石油を自国で製造したい」という発想に至るのは、当然の流れと言えるのかもしれません。

さて、「人工石油」というワードだけを見ると、まるで未来の燃料のようですが、その構想自体は新しいものではありません。

実は日本では、約90年以上も前に「石油をつくる」という挑戦に踏み出していました。

1930年代、満州事変や日中戦争が勃発した不穏な時代、深刻化する石油不足を背景に、国家プロジェクトとして推進されたのが「人造石油事業」です。

1920年代にドイツで開発された、石炭から液体燃料を合成するフィッシャー・トロプシュ法(FT法)を導入し、北海道では「東洋一の化学工場」と称される大規模な人造石油生産拠点の建設が進められました。
同時期に京都帝国大学では、FT法の基礎研究によって安価で入手しやすい鉄系触媒の開発に成功しており、その技術は、北海道の工場でも順次導入されました。
この独自技術は、ドイツの合成技術にも優っているとされていましたが、工場の試運転が始まって間もなく、終戦を迎えることとなります。
結果として、事業に費やされた莫大な資材と労働力に見合う成果は残せなかったと記録されています。

戦時下に進められた人造石油の技術は、その後、産業として再興されることはありませんでした。
一方で、FT法による人造石油製造は、大学の基礎研究が工業生産につながった功績の一つであり、その後の石油化学工業、有機化学工業の発展につながる重要な基盤となりました。
さらに、京都大学には燃料化学科が設立され、そこで養成された技術者たちは、戦後の学界や産業界で活躍する人材となりました。

かつては実用化に至らなかった「つくる石油」という発想は、技術と人材という形で後世へと受け継がれ、長い年月を経た今、再び現実的な選択肢として注目されつつあります。

課題はコスト? 合成燃料技術の現在地

人工石油の技術とは

戦時下では夢に終わった「人工石油」ですが、近年カーボンニュートラル技術の開発が加速するなかで、その実現可能性に現実味がおびてきています。

その技術が、二酸化炭素(CO₂)と水素(H₂)を原料として生成する「合成燃料」です。

原料となるCO₂は、発電所や工場から排出されるものを回収して利用するほか、将来的には大気中から直接回収するDAC技術による活用も想定されています。
水素は、再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解して製造する方法が基本とされています。
このような再エネ由来の水素を用いた合成燃料は「e-fuel」と呼ばれています。

二酸化炭素(CO₂)と水素(H₂)から製造される合成燃料
出所)経済産業省「エンジン車でも脱炭素?グリーンな液体燃料「合成燃料」とは」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/gosei_nenryo.html

ガソリンやジェット燃料を製造するためのFT合成反応は、戦時下の人造石油製造でも用いられたFT法と同じ原理に基づくものです。
当時は石炭を原料として石油を合成するために研究されていましたが、現在では原料や目的を変え、e-fuel製造技術として応用されています。

合成燃料はガソリンや軽油とほぼ同等の高いエネルギー密度を持つため、既存のエンジンやモビリティをそのまま活用できるところが大きな利点です。
新たな設備を大規模に整備する必要がなく、従来のインフラを生かせることは、社会実装に向けた強みと言えるでしょう。

さらに、国内で大量生産できること、長期備蓄が可能であることは、エネルギー安全保障の観点からもメリットがあると考えられています。

人工石油が抱える課題と実現可能性

カーボンニュートラルの実現に貢献し、自国のエネルギー自給率も向上する、合成燃料はそんな「夢の燃料」のように感じられます。
しかし、これはすべてのエネルギー源に言えることではありますが、合成燃料もメリットばかりではありません。

合成燃料のデメリットの一つとして、製造コストの高さが挙げられます。
もし、原材料から製造までをすべて国内でおこなう場合、現時点での製造コストは約700円/Lと試算されており、ガソリン価格とは比べものにならないほど高額です。
水素を輸入したり、製造拠点を海外に移すことでコストを抑えることは可能ですが、脱炭素やエネルギー安全保障の強化といった本来の目的とは矛盾してしまいます。

さらに、CO₂回収や水素製造、製造プロセス全体の効率化など技術面での課題も多く残されており、実用化にはさらなる技術革新が必要と考えられています。

こうした課題が指摘される一方で、実用化に向けた動きも着実に進んでいます。

2026年2月には、三菱重工が液体合成燃料をワンストップで製造する実証に成功したことを発表しています。
この実証では、SOEC共分解(高温水蒸気電解)によって水素と一酸化炭素を同時生成し、それらを原料としてFT合成をおこない、合成燃料を製造しています。

合成ガスからの派生プロセスおよび製品
出所)三菱重工「SOEC共電解とFT合成装置を活用した一気通貫プロセスでの液体合成燃料製造の実証に成功」
https://www.mhi.com/jp/news/26021301.html

独自の技術によりプロセスの簡素化と高効率化を実現しており、実用化に向けたコスト低減にもつながる技術として注目されています。

人工石油は世界の姿を変えるかもしれない

かつて石炭から石油への転換が産業構造を大きく揺るがしたように、エネルギーの主役交代は世界のあり方を変えてきました。

もし「つくる石油」が実用化されれば、石油が政治的な交渉の材料となる構図そのものが変わる可能性があります。

人工石油は、エネルギーをめぐる国際関係を大きく書き換える、そんな力を秘めているのかもしれません。

その実現を後押しするのは、脈々と受け継がれてきた日本の研究開発力と技術力、そして挑戦する力なのでしょう。

石上 文
広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。